評者:窪田新之助
書名の「農協のフィクサー」とは、JAグループ京都のトップとして30年近く君臨する中川泰宏のことである。私がJAグループの機関紙『日本農業新聞』の記者として勤め始めた2004年ごろからすでに、権力とカネできな臭いうわさが絶えない人物だった。本書では、中川と「因縁の相手」だという著者が、度重なる圧力に屈することなく、執念と呼べる取材で暴き出した聞きしに勝る悪党ぶりが克明に描かれている。
中川を語る上で欠かせないのは、小児麻痺の影響で足に障害があることだ。そのために小学校では友達に階段から突き落とされるなど、壮絶ないじめを経験した。彼は高校卒業後、むしろ足が不自由であることを「名刺代わり」にして、貸金業で成功する。JAとの関係は30歳を過ぎて畜産業に転身してから。前職で培った経営手腕を買われ、すぐさま異例の若さで地元の八木町農協(当時)の組合長に抜擢される。
「カネのにおいをかぎ分ける嗅覚に優れ、権謀術数に長けている」という人物が、地元やJAという枠組みにおさまるはずがない。40歳で八木町長に就任。05年には、小泉チルドレンとして衆議院議員に初当選している。この間に起きた自民党元幹事長の野中広務との師弟対決は本書の読みどころのひとつだ。
中川は12年に3度目の総選挙で落選してからは、政治家の道を断念。JAや京都のフィクサーとして支配体制を確立していく。彼は、JAグループの全国組織でも要職を手にする一方、京都では貸金業や不動産業、畜産・酪農業などを扱う複数のファミリー企業を有している。中川は、これらの企業や団体を巧みに使い分けながら、たとえば悪質な地上げをして、その利益をファミリー企業に誘導している。はたまた農協改革を主導した農水事務次官を解任するよう画策している。違法まがいの悪行の数々は本書に譲りたいが、いずれも非営利団体のトップとしてはあるまじきことだ。
ところで著者は、じつは私とは日本農業新聞の同期である。彼は私の2年後に同社を退職し、『週刊ダイヤモンド』の記者となった。同誌で毎年、農業特集を組んでいる。なかでも世間の耳目を引いた報道が、本書の第一章に詳しい、JAグループ京都のコメ卸・京山(きょうざん)が販売したコメへの中国産米混入疑惑だった。著者はこのスクープを皮切りに、同グループから損害賠償を求める訴訟を起こされながらも、JAを「裏支配」する人物に肉薄していった。
本書は、その取材の成果として「ダイヤモンド・オンライン」に連載した「農協の大悪党野中広務を倒した男」が元になっている。著者はその連載を終えた後、中川を「大悪党」と呼ぶにはふさわしくないと考えるに至った。中川は幼少のころにひどいいじめを受けたためか、「差別のない社会」や「頑張った者が報われる社会」を目指すと、日頃から口にしてきた。だが、彼が実際にしてきたのは、「そういった理念とは逆行するか、カネ儲けや保身のためだけにやっている」ことばかりだったからだ。
この指摘は、JAのほかのトップたちの実像とも重なる。中川ほどではないにせよ、JAのトップはカネ儲けや保身に執着する小悪党ばかりだ。関係者は己の醜悪な顔と向き合うためにも、本書を手に取ってみてはいかがだろうか。
(『中央公論』2023年6月号より)
◆千本木啓文〔せんぼんぎひろぶみ〕
1980年栃木県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、『日本農業新聞』の記者を経て、2014年より『週刊ダイヤモンド』記者。
【評者】
◆窪田新之助〔くぼたしんのすけ〕
1978年福岡県生まれ。明治大学文学部あを卒業後、日本農業新聞に入社。記者として8年間活動後、2012年からフリーランスに。単著に『農協の闇(くらやみ)』、共著に『誰が農業を殺すのか』など。