評者:井上理津子(ノンフィクションライター)
本書を読みながら「革は世につれ、世は革につれ」というフレーズが浮かんだ。私自身、遠い昔に当時は冬のおしゃれの最高峰だった毛皮を買ったが、動物虐待と批判する風潮が高まり、あっという間に着なくなったこと、芝浦屠場を見学したとき、食肉になる牛豚と同数の皮がここで生まれていると認識したことなどが頭をよぎった。
ルイ・ヴィトンやエルメス、グッチなどいわゆる高級ブランドと不可分の素材として、ファッションを彩り、バッグや財布、革ジャンなどにも使われてきたのが皮革だ。しかし現在では、完成形が美しいだけでは、消費者は良しとしない。『ヴォーグ』誌が調査したところ、ファッション商品の購入時に、サステナビリティを重要な要素と考える人が今や69%にのぼっているらしい。こと皮革においては半世紀以上も前から自然破壊、動物虐待、大量廃棄など「ファッション倫理」の問題がつきまとっていることに著者は着目した。本書では、皮革に近寄ったり俯瞰したりしながら、そのファッション倫理の変遷が描画されている。
そもそも皮がなければ皮革製品はできない。しかし、動物を解体し、原皮を脱毛するなど加工して革に変える「皮なめし」の工程は、独特の臭いの中で行われ、洋の東西を問わず「卑しい仕事」としてマイノリティ集団に課されてきた歴史がある。そうして作られる革が、マイノリティ集団を差別的に支配した為政者ご用達の武具や軍靴になっていったとは、倫理以前の皮肉な仕組みである。
やがて、ファッション倫理がビジネスを左右する時代がやってくる。馬具店として創業し、高級皮革製品で売ってきたパリのエルメスが、イギリス出身の女優で歌手のジェーン・バーキン由来の高級バッグ「バーキン」を作った1970年代のこと。残酷な殺され方をしたクロコダイルの革が使われていると動物愛護団体に知らされたバーキンは、自分の名を冠することを許さないと激怒する。エルメス側が、動物愛護団体がリストアップした「クロコダイルに残酷な殺し方」をする原皮調達業者との取引をやめて信頼を取り戻したという本書のエピソードは象徴的だ。
「ぜいたく品」の指標が変わるのは、21世紀になってから。何が本当の「ぜいたく」か。単に高級品を買うのではなく、その製品の製造工程に納得しなければ、と考える人が増え、動物の取り扱いだけではなく、途上国の工場のあり方や労働環境についても消費者の厳しいチェックの目が向けられるようになる。ブランド企業は契約している途上国の工場への調査員派遣を余儀なくされる。
「いかに高価であれ、倫理性に欠けていると見なされるものであれば負の価値がつけられ、ブランドとして成り立たない」時代が来ていると著者は強調する。これからの皮革製品には、素材の詳しい説明や、誰がどういう思いで作ったか、といった「モノに宿るストーリー、スピリット」が重要との論に大賛成なのは私だけではないだろう。
「オーガニック」「ヴィーガン」「リサイクル」と表示された商品を目にする機会も増えている。ファッション倫理は、一過性の流行に引っ張られるのではなく自分の頭で考えることなのだ。これは皮革の話だけではない。身の回りにあるさまざまなものが、本当に有益かどうか考えさせられる一冊だ。
(『中央公論』2023年8月号より)
◆西村祐子〔にしむらゆうこ〕
駒澤大学総合教育研究部教授。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)にて社会人類学博士号取得。
著書に『草の根NPOのまちづくり──シアトルからの挑戦』(編著)、『革をつくる人びと──被差別部落、客家、ムスリム、ユダヤ人たちと「革の道」』など。
【評者】
◆井上理津子〔いのうえりつこ〕
1955年奈良県生まれ。航空会社、タウン紙記者を経てフリーに。人物ルポ、庶民史などをテーマに執筆。著書に『さいごの色街飛田』『葬送の仕事師たち』『師弟百景』など。