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『環と周』よしながふみ著 評者:トミヤマユキコ【このマンガもすごい!】

トミヤマユキコ
環と周/マーガレットコミックス(集英社)

評者:トミヤマユキコ(マンガ研究者)

 よしながふみと言えば、ドラマ化もされた『大奥』『きのう何食べた?』などで知られる作家であり、長期連載の中で物語のうねりを大きくしていくのが得意なマンガ家、というイメージがあるかもしれない。

 それは決して間違いではない。しかし、よしながは短篇の名手でもある。短いが強度のある物語で読者の心を鷲掴みにするのが得意なマンガ家でもあることは、ぜひお知らせしておきたい。

 わたしがそのことを痛感するきっかけとなった作品は、2003年に刊行された連作短篇集『愛すべき娘たち』である。読み終わった後の打ちのめされるような感動と言ったらなかった。この社会で女として生きていくことのしんどさ、母から娘にかけられる呪い。いまなら、フェミニズムや毒親といったことばで説明されるであろうあれこれが、たった1巻に凝縮されている。決して明るい話ではない。しかし、「同じことを考えたり、同じことに傷ついたりしているひとがいる!」と思えることが、「女であること」を持て余しがちな自分にとって、どれだけ慰めになったかわからない。

 あのときの感動が『環(たまき)と周(あまね)』にもあると感じた。本作は、企画構想から6年の歳月を経て完成した、16年ぶりの新作となる短篇連作集である。「環」と「周」という名前を持つふたりが、ある時は夫婦として、ある時は同じ女学校に通うクラスメイトとして、またある時は、という感じで、いろいろな時代に生を受け、特別な絆を結んでいく。

 つまり本作が描いているのは「輪廻転生」であり、スペシャルな相手との、めくるめく運命の物語である。しかしそれは、かつての少女マンガが得意としてきたような、「運命の相手とのステキな恋♡」だけを意味するのではない。特別なふたりであることが、恋愛だけに収斂されていかないところに、この物語の素晴らしさがあると思う。

 たとえば、とある時代の環と周は、中年女性と未就学児だ。病気による余命宣告を受けた看護師の「環」が仕事を辞め、部屋で過ごす時間が増えたことで、同じアパートに住む男児「周」の存在に気がつく。彼の母親はシングルマザーで、夜の仕事をしているから、周はひとりあそびに興じるしかない。そんな周を放っておくことができず、一緒に過ごすうち、環の心に小さいが大切な灯火がともる。しかし、幸せな時間は長く続かない。だから環は、離ればなれになっても「おばちゃんが必ずあなたを見つけるよ」と誓うのである。悲しみのにじむ別れを経験してもなお、また出会い、共に生きたいと願う。ままならない人生を、諦めずに生きる姿に、人間という生き物の健気さと愛おしさを見る思いがする。

 死んだ後には何も残らない、前世も来世もない、と考える読者もいるだろう。しかし、本作と出会ってしまったら、自分にとっての環や周がいるかもしれないと想像する瞬間が出てくるんじゃないかと思う。そしてそれは、とかく殺伐としがちな現代において、かなりロマンティックな瞬間だと思うのだ。


(『中央公論』2024年3月号より)

中央公論 2024年3月号
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トミヤマユキコ
マンガ研究者
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