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『世界史のリテラシー イギリス国王とは、なにか──名誉革命』君塚直隆著 評者:水島治郎【新刊この一冊】

君塚直隆/評者:水島治郎(千葉大学大学院社会科学研究院教授)
世界史のリテラシー イギリス国王とは、なにか──名誉革命/NHK出版

評者:水島治郎(千葉大学大学院社会科学研究院教授)

 民主主義の大原則の一つが平等であるとするならば、特定の家系に国制上の地位を独占的に認める君主制は、民主主義と正反対の、両立不可能な存在に見える。しかし現実には、この水と油のような民主主義と君主制を両立させることに成功している、世にも不思議な国制がある。それが立憲君主制だ。その母国イギリスについて、中世以来の歴史に即し、わかりやすく説明しているのが本書である。しかも著者の君塚氏はイギリスをはじめとする君主制研究の第一人者であり、2022年9月のエリザベス2世葬儀のさいには、NHKの現地生中継の解説を務めるなど、メディアでの活躍も華々しい。まさに「イギリス国王とは、なにか」を語るに最もふさわしい著者といえよう。

 ではイギリスでどのように立憲君主制が成立したのか。同国ではすでに10世紀、「賢人会議」がアゼルスタン王によって召集され、聖俗の有力者が集って国家の重要事項を審議する場が設けられていた。この仕組みが中世を通じて発展を遂げ、聖俗諸侯、騎士、都市市民らが議論を行う議会(パーラメント)として、国王に対抗する権限を持つ機関に育つ。国王は度重なる戦争で軍事費の調達を必要としたが、課税にあたっては議会に集う諸身分の同意が条件とされた。14世紀、イギリス議会は貴族院と庶民院の二つに分かれたが、庶民院の同意のない直接税はもはやありえないとされた。国王の権力に制約を課す、立憲的な仕組みが育っていたのである。

 このような歴史的背景のもとで生じた重要な事件が、名誉革命(1688~89年)である。清教徒革命後の混乱の中、カトリックの復活を図る国王を排除すべく議会の重要メンバーたちは、オランダの総督を務めるウィレムと連携し、亡命した前国王を廃位したうえでウィレムをウィリアム3世、妻のメアリをメアリ2世として迎え入れる。そして新国王たちは「議会の同意により制定された法」に基づき統治することを明示し、ここに立憲君主制が確立する。大規模な流血の事態を伴わずに体制転換が実現したこの事件は、革命らしからぬ革命、すなわち名誉革命と呼ばれるようになる。そして立憲君主制の原則は21世紀にまで引き継がれる。エリザベス2世も立憲君主として自覚的であり、そのことを70年にわたる治世で身をもって示した女王だった。

 現代もなお、イギリスはもとより北欧の3ヵ国、ベネルクス三国、スペインなどのヨーロッパ先進国で、立憲君主制が息づいている。これらの国は立憲君主制という形をとることで、君主制と民主主義という「水と油」を調和させ、むしろ独自の輝きを放っている。しかも北欧やオランダのように、最先端の改革を進め、「モデル」とみなされる国も多い。中でも最も古い歴史を持ち、国際的な影響力も強いイギリスの君主制の展開、そして直面する課題を知ることは、民主主義の行方を考えるうえで重要な示唆を与えるだろう。そして本書は、象徴天皇制──国際比較の観点では立憲君主制に分類される──を保持する日本の今後を考えるうえでも、大いに参考になるはずだ。

 なお本年6月下旬、令和になって初めて、天皇皇后両陛下の国賓としてのヨーロッパ公式訪問が実現したが、その行先はもちろん......イギリスであった。いまもなお、イギリスから学ぶべきものは多いといえよう。


(『中央公論』2024年8月号より)

中央公論 2024年8月号
電子版
オンライン書店
君塚直隆/評者:水島治郎(千葉大学大学院社会科学研究院教授)
【著者】
◆君塚直隆〔きみづかなおたか〕
1967年東京都生まれ。関東学院大学教授。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。専門はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。『物語イギリスの歴史』『エリザベス女王』など著書多数。

【評者】
◆水島治郎〔みずしまじろう〕
1967年東京都生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はオランダを中心とするヨーロッパ政治史、ヨーロッパ比較政治。著書に『ポピュリズムとは何か』『隠れ家と広場』など。
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