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水野太貴「ことばの変化は『差異化』こそが原動力――社会言語学者・井上逸兵さんに聞く」

水野太貴(「ゆる言語学ラジオ」チャンネル)×井上逸兵(慶應義塾大学教授)

解明したい謎

 ところが、である。現実には言語変化はうんざりするほどありふれている。さっき「ぴえん」を挙げたが、まず思いつくのは「エモい」とか「映(ば)える」といった、若者が作り出す新語だろう。

 もちろんそれだけではない。例えば既存の語が、別の意味を持つことも多々ある。「丸い」は最近、「今はこの選択が丸い」のように、「無難だ」という意味で使われるようになった。一説にはボードゲームやトレーディングカードゲームのプレイヤーから広がったとされるが、この意味は2020年に刊行された『新明解国語辞典第八版』には載っていない。

 また、単語の品詞が変わってしまうのもしばしば目撃する。「微妙だ」は形容動詞だが、最近は「びみょい」という形容詞も耳にする。「きれいだ」も形容動詞だが、「きれい」が「い」で終わるためか、形容詞的に「きれくない」と用いられる事例もある。

 これらは日本語の乱れだと嘆くべきだろうか。ところがことばの専門家である言語学者は、めったに「ことばが乱れている」とは言わない。彼らはことばの変化を自然現象としてとらえ、価値判断をしないからだ。それは物理学者が「リンゴが木から落ちるのはおかしい」と言わないのと同じである。

 この連載では、ことばの変化に強い関心を抱く5人の言語学者に、「なぜことばは変化するのか?」という問いを直球でぶつけ、その根本的なメカニズムを深掘りする。

 先に、解き明かしたい謎を共有しよう。


・なぜことばは変化するのか? (要因)
・ことばの変化にはどんなパターンがあるか? (法則)
・「変化に伴うコスト」を上回るほどのリターンはあるのか? (便益)
・ことばの変化は予測できるのか? (再現性)
・日本語の中で、歴史上類を見ないことばの変化はあったか? (歴史)
・世界の言語も、日本語と同じような変化をしているのか? (国際比較)

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