ポイントだった共同注視
「なお、ことばの起源を考えるうえで、オノマトペやジェスチャーの前にまず共同注視が重要だったのではないかと考える研究者も多いです。共同注視とは、ある空間で他人が注目しているものに自分も注目することです」
共同注視は、ヒトだと生後9ヵ月ごろに初めてできるようになる。子どもを育てたことのある人なら、何かに注意を向けようと思って指を差したのに、赤ん坊が指の差す先ではなく、自分の指自体を見つめてきたという経験があるかもしれない。これは共同注視の失敗である。
「さて、言語がまったく存在しなかった世界を想像してください。あなたは目の前の、ワンワン鳴いている小動物に名付けを行ないたいとします。ここでいきなり『ワンワン!』とだけ言っても、周囲の人にとっては何が何だかさっぱりわからないでしょう。なぜなら、世界にはイヌ以外にもさまざまなモノや現象が存在しており、ワンワンが何に対応するかわからないからです。
そこで共同注視が効いてきます。指差しや目線や唸りを駆使してお互いが注目対象を共有し、それが完了したら『ワンワン!』と名付けを行なうのです。『私が今注意を向けているのは足元に生えている雑草とか青く広がる空じゃなくてあの動物だ』という点を確実にしたうえで、身振り手振りなどを交え『ワンワン!』と繰り返し伝える。その場にいる人はいずれ、『もしかしてこいつ、「ワンワン」みたいな鳴き声のあの動物をワンワンと呼ぼうとしているんじゃないか?』と推測するでしょう。こうした過程を経て、ヒトは世界に存在する具体物の名付けを達成した。これが言語の一番原始的な姿ではないかと私は考えています」
(『中央公論』8月号では、この他にも、文法はどのように生まれたか、昨今のテキストコミュニケーションの増加による書き言葉の変化などについて、論じている。)
[参考文献]
今井むつみ、秋田喜美『言語の本質』中公新書、2023年
日本認知科学会監修、秋田喜美著、内村直之ファシリテータ『オノマトペの認知科学』新曜社、2022年
篠原和子、宇野良子編『オノマトペ研究の射程近づく音と意味』ひつじ書房、2013年
小松寿雄、鈴木英夫編『新明解語源辞典』三省堂、2011年
窪薗晴夫編著『よくわかる言語学』ミネルヴァ書房、2019年
松森晶子、新田哲夫、木部暢子、中井幸比古編著『日本語アクセント入門』三省堂、2012年
1995年愛知県生まれ。名古屋大学文学部卒業。専攻は言語学。出版社で編集者として勤務するかたわら、YouTube、Podcastチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める。著書に『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』などがある。
◆秋田喜美〔あきたきみ〕
1982年愛知県生まれ。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、現職。専門は認知・心理言語学。著書に『オノマトペの認知科学』、共著に『言語の本質』など。