評者:トミヤマユキコ(マンガ研究者)
ちょっと意外に思われるかもしれないが『an・an』や『POPEYE』といった雑誌で知られるマガジンハウスは、実はいまマンガにも力を入れている。同社が運営する「SHURO」は「Web上にある架空の〝MANGA〟リゾート・サイト」と銘打ち、個性豊かな作品を多数掲載。今回ご紹介する『若草同盟』もそのひとつだ。年齢的には大人でも、どこか未熟で、何かあるたび揺らいでしまう若草のような人々の暮らしを描いている。
スーパーの店員として働く冴木(さえき)カイロは、街で常連客の「エナドリさん」こと羊野(ようの)アユムを見かける。いつもうつろな目をしてエナジードリンクを買っていく彼が、この日は先輩社員とおぼしき男に「お前 マジメすぎんだって!!」「風俗もキャバも覚えて一人前!」と言われていた。いかにもマッチョでめんどくさい先輩だが、アユムはその誘いを淡々と断る。すると先輩はよほどムカついたのか、いつも一人だから誘ってやったのにと捨て台詞を吐くのだった。
一連の光景を目にしたカイロは、帰路につくアユムに声をかける。単にエナドリさんが気の毒だからではない。彼もまたカイロと同じ「一人」であると思ったからだ。
カイロの「一人」は幼少期からすでに始まっている。彼女は幼くして親を喪い、祖父母に引き取られて育った。そしてその暮らしは、生活保護によって支えられていた。机の上に足を乗せ「お前らは人間じゃねーぞ!」「笑って暮らそうなんて思うなよ!!」と怒鳴った役所の担当者のことを、彼女はいまだに覚えている。テレビや携帯電話を持たない自分をどこか引いた目で見ていた同級生のことも覚えている。「人と違うことが/みんなに迷惑をかけるような気がして/一人でいるようになった」......貧しさはカイロを静かに、しかし確実に孤独へと追いやったのだった。
この二人が出会って、恋をして、同棲を始めて─このまま幸せになってくれればいいのだが、そうは問屋が卸さない。勤め先の閉店がいきなり決まって驚くカイロ。ブラックな職場のせいで精神崩壊寸前のアユム。大変なのは仕事だけではない。保守的なアユムの家族が、ふたりの結婚&妊娠をやたらと急かすのだ。(やめてあげて!)
現代のラブストーリーは、カップル成立を描いて終わりではない。「その先」を描いてナンボだ。そして本作における「その先」は、地味だがイヤ〜な感じの連続であり、だからこそリアルである。
カイロとアユムにとって、この世界は、自分たち用にデザインされた世界ではない。しかしそれでもこの世界で生きていかなくてはならない彼らが、努力ではなく工夫でなんとかしようとしているのがすごくいい。無理してがんばらなくてもいいけど、試行錯誤は大事。なにかと息苦しいこの世界で、小さく、弱く、しかし自分らしく生きていくための方法を彼らから教わりたい。そんな気持ちが、読了後もずっと続く作品である。
(『中央公論』2025年9月号より)