◆シナリオ3 エピローグ
二〇XX年X月。中国海軍の空母機動部隊が沖縄・宮古島の近海を抜けて西太平洋に進出、沖ノ鳥島周辺海域で実施する演習に合わせ、上海近郊の空軍基地からは、スホーイ27やY8などの戦闘機や情報収集機が次々に飛び立っていった。
航空自衛隊嘉手納基地│。スクランブル(緊急発進)を告げるサイレンが鳴り響き、二機のF15改戦闘機が西の空に向けて離陸していった。すでに複数の中国軍機は尖閣諸島・魚釣島の領空をかすめ、日本の防空識別圏(ADIZ)内を堂々と横切りながら南西諸島周辺の上空に差しかかろうとしていた。
「中国軍機に告ぐ。日本領空に接近している。直ちに機首を西に向けなさい」
何度も英語と中国語で警告を発しながら、空自パイロットの岩崎一尉は無力さを痛感していた。中国海軍は東シナ海などで海軍活動を繰り返し、日本の領空間際にまで空軍機が接近するのも日常茶飯事となっているからだ。
彼らが領空を侵犯しない限り、我々は何の手出しもできない。いつからここは中国の空になってしまったのか│。岩崎一尉はそう感じながら、嘉手納基地に帰投するためスロットルを左に倒し始めた。
すでに北朝鮮は崩壊し、朝鮮半島の緊張が緩むと同時に、米軍は海兵隊だけでなく嘉手納基地の空軍も沖縄本島からグアムやハワイに移転していた。
自衛隊幹部が最も恐れる事態
中国軍機が頻繁に南西諸島周辺の上空に飛来し、空自機が緊急発進する│。シナリオ3の想定こそ、航空自衛隊の幹部が恐れている事態だ。冷戦時代のソ連は、極東海軍の動きに合わせて爆撃機などを日本列島に沿って太平洋や日本海を南下させたが、「中国は今後、海軍の活動に合わせて空軍機も行動を共にさせるだろう」と空自幹部は推察する。
これまで空自は、日本が設定する防空識別圏の中に第三国の軍用機などが侵入した場合に緊急発進し、領空に接近しないように当該機の進路を変更させてきた。しかし、中国軍機が太平洋方面に進出しようとすれば、日本の防空識別圏を横切るしかない。すでにその兆候は現れ始めている。一〇年四月?十二月までに空自が中国軍機に緊急発進したのは、一昨年同期の二倍を超す四八回を数える。同年版の防衛白書でも「中国は、より前方での制空戦闘及び対地・対艦攻撃能力の構築を目指している」と強い懸念を示している。
日本領空を侵犯せずに公海上空を飛行している限り、国際法には抵触しない。沖縄・南西諸島の周辺を中国国旗の五星紅旗が描かれた戦闘機が飛び交い、わが国の防空識別圏の存在が形骸化する日は、そう遠くはないかもしれない。
(了)
〔『中央公論』2011年4月号より〕