香田 問題は、防衛出動に至る前、つまり平時の場合、自衛隊には警察権と同程度の権限しか認められていないという点にある。治安出動であっても海上警備行動であっても武器などの使用は一般国民を相手にしている警察権と同じで、基本的には認めないという規定になっている。
そうなると現場でどういうことが起きるかといえば、極めて怪しい武装集団がいても、その集団を拘束しない限り、何者であるか分からないということになり、それが軍隊であるという認定ができない限りは「平時」とみなされ、自衛隊は武器の使用ができない。ところがその怪しい武装集団が中国人民解放軍の特殊部隊だった場合、相手は中国の規則に基づいて行動するので、遠慮なく自衛隊を狙って撃ってくることができる。これは極めて恐ろしいことである。
■■ある日、尖閣に中国の旗が立てられる
山口 頭の体操ではあるが、ここで尖閣をめぐる事態のシミュレーションを試みてみたい。
香田 北京にとっての最悪のシナリオは、大規模軍事進攻であろう。中国人民解放軍が正面から尖閣に武力攻撃をすれば、これは日本の今の憲法解釈でも防衛出動が出る。何らかの軍事的なアクションが起こされれば、米国の日本防衛義務が定められた安保条約五条によって、米軍もやってくる。これは最も北京が避けたいシナリオである。
山口 昨秋、中国の民間漁船一〇〇〇隻が尖閣諸島海域に到着する──と中国で報じられたことを覚えているだろうか。結果的にそうしたことは起こらなかったが、日本の実効支配を崩すために中国政府の漁業監視船の護衛下で、日本領海内に入るのではないか──といった懸念が広がった。このシナリオはどうみたか。
香田 跳ね上がりの民間漁船がどれだけ押しかけようが、不法侵入した段階で海保と警察が逮捕することになる。それこそ尖閣は日本の法律が執行できることを世界に知らしめることができるので日本にとって好都合だ。一方、中国は世界の笑い物になりメンツを失うはめに陥る危険が高い。極めてリスクが高いのだ。
山口 中国にとって上策ではない。
香田 そう思う。中国がとる作戦は今述べた両極端の作戦の真ん中になる公算が高い。
もし私が中国人民解放軍の指揮官だったら、まず特殊部隊を訓練するだろう。GPSを使いながらパラシュートで狙い定めた地点にピンポイントで降りられるように特訓する。そして、真っ暗闇の中で尖閣に降り立ち、中国国旗を立てさせる。
海上保安庁の船には基本的には対空能力がない。だから、うまく風を使って数十キロも飛ぶようなパラシュートで二〇人くらいの特殊部隊が尖閣をめがけて降りようと試みれば、半数は失敗しても、半数は尖閣に降り立つことができるだろう。この作戦は成功率が高い。
朝になると尖閣に中国国旗が立っていることが分かる。「一体、誰がやったのだ」ということになるのだが、相手が誰であるのか特定できないので、自衛隊は容易には動けない。偵察機を飛ばしたところで実態を把握するのは至難の業である。無人島なので誰か民間人に確認してもらうこともできない。
中国軍によるものだ、ということが判明し、正面切った軍事作戦であるとされた場合は、治安出動で陸上自衛隊の偵察小隊が現場に行くこともできるが、相手が海の物とも山の物とも分からない場合は、何もできないのだ。