香田 このとき、日本は何ができるのか。こうした場合、航空自衛隊が出動し「対領空侵犯措置」がとれることになってはいる。とはいえ、防衛出動が出るはずもないので撃墜などの武力行使は不可能だ。
実際にできることといえば「我が領空での飛行を中止せよ」という無線警告と信号射撃がせいぜいだ。
中国側は百も承知で日本の警告を無視し、予定していたアクロバット飛行を続けるだろう。そして北京は全世界に向けて「中国軍が尖閣上空でアクロバット飛行をした際、日本の自衛隊は何もしなかった。尖閣は中国の領土だ」と主張することも可能だ。
山口 これが既成事実となる危険性もある。
香田 国際社会はどう見るだろうか。ASEAN諸国は、中国の横暴を嘆き日本に同情する一方で、「こんなことをされて手も足も出せないのか。日本は領土・領海・領空についてどう考えているのか」と問いただすかもしれない。日本は「日本国憲法は平和を追求しているから何もできないのだ」などと返答するのだろうか。
山口 ただ、こうした悪夢のシミュレーションが現実のものにならないであろうという安心材料がいくつかある。まず、冒頭述べたように、中国は南シナ海をはじめ、多くの懸案事項を抱え、尖閣で火を噴いている暇がない。次に尖閣周辺で中国の活動が活発化して以来、日中両国は、尖閣周辺に警備力を結集して蟻の子一匹も入れないほどに守りを固めており、何人といえども力で現状を変えるような行動をとることが容易でない状況になっている。理論上可能なことでも、現状では一種の手詰まり状態にあるといってよい。
もう一つは米国だ。今年一月、当時のクリントン国務長官が「(米国は)日本の施政を害しようとするいかなる一方的行為についても反対する」と踏み込んだ表現で米政府の立場を表明した。四月にはヘーゲル国防長官が尖閣は日米安保条約の適用対象であると明言し、強い表現で中国の挑発行為を牽制している。昨今、米国はかなり旗幟鮮明にしている。これは日本にとって大きな安心材料になるだろう。
香田 確かに米国が旗幟鮮明にしたことで、北京は抑止されている。とはいえ、日本が防衛出動をしない段階で米国が助けに来てくれるかといえばそれは難しい。尖閣で日本は戦後初めて独立国としての主権とは何かと問われているにもかかわらず、制度的には一ミリも前進せず、防衛の欠陥は何一つ解決されていないことを繰り返し強調しておきたい。
実は、防衛出動に至らない前段階において、日本の制度にこれほどの欠陥があることについては米国も把握していない。これほどまでに欠陥だらけだと知ったらどれほど驚くか。私が防衛省統合幕僚会議事務局長であった時分にも、在日米軍司令部とこうした話をしたことはない。本格的な戦争が起きた場合ばかり想定して議論しているのだ。
山口 米国の表明は大変に喜ばしいことなのだが、その一方で、防衛出動もできないグレーゾーンの段階においては五条が適用できないことが改めて浮き彫りになった。
香田 防衛出動を出すための要件の緩和も考えるべきなのだ。
最後に同じ「海の仲間」として、日々の海保の努力に心から敬意を払う。彼らの頑張りがあるからこそ、中国の冒険主義を封じ込めているのだ。尖閣の主権をめぐり、体を張っている海保に感謝して、この対談を締めくくりたい。
(了)
〔『中央公論』2013年10月号より〕