現実が虚構のあとを追う
トランプ前大統領の「選挙は盗まれた」「議事堂に行って、勇敢な議員を励まそう」との演説に扇動され、アメリカ連邦議会議事堂を占拠した熱狂的なトランプ支持者たちは、Qアノンなる陰謀論を信じているという。Qアノンは、「アメリカはディープステイト(闇の政府)に支配されており、トランプはそれと闘っている」とする。
じつは、この衝撃的な事件を一年以上前に予言していた映画がある。それが、二〇一九年に公開された『ジョーカー』(トッド・フィリップス監督、ホアキン・フェニックス主演)だ。この映画が世界じゅうで賛否両論を巻き起こしたのは、バットマンの最大の敵で、「悪」の象徴であるジョーカーを白人の「下級国民」として描いたからだ。
『ジョーカー』の主人公アーサー・フレックは三十代と思しき白人男性で、スタンダップコメディアンを目指しながらも、閉店セールの宣伝で道化役をするくらいしか仕事がない。会社から解雇されたアーサーは、地下鉄車内で金融機関のエリートビジネスマンにからまれ、彼らを射殺してしまう。そこからすべてが狂いはじめ、子ども時代の虐待を見て見ぬふりをしていた母親を窒息死させたあと、ひそかに好意を抱いていた同じ階に住む黒人のシングルマザーの部屋に押し入る。ここで(おそらく)母親と子どもを殺したことで、究極の悪であるジョーカーへと変貌していく。
ピエロのメイクでテレビのトークショーに出演したアーサーは、自分のような社会不適合者は差別され排除されるだけだと演説して司会者を射殺、警察に逮捕されるが、テレビを観ていた市民たちが暴動を起こして街は騒乱状態になる。
パトカーで警察署に連行される途中、ピエロの仮面を被った男たちが救急車をパトカーに激突させる。暴徒によってボンネットに横たえられたアーサーが、眼を覚まし優雅に踊りはじめると、それを群集が歓喜で迎える─。
この美しい場面が意味するところは明らかだろう。「下級国民」のアーサーは交通事故で死に、「下級国民の王」ジョーカーとして復活したのだ。
現実が虚構のあとを追うように、連邦議会議事堂占拠事件は、映画のこの場面を再現しているかのようだ。白人の陰謀論者たちは、「下級国民の王」ドナルド・トランプとともに、悪のシステム(ディープステイト)に対して反乱を起こしたのだ。