中国政治に詳しい川島真・東大教授と、中国の海洋戦略に詳しい益尾知佐子・九大准教授が、中国の論理を解き明かす。
(『中央公論』5月号より一部抜粋)
新型コロナが中国の政治を変えた
川島 コロナ下の中国が直面した状況、課題についてまずは見ていきましょう。中国は、新型コロナウイルス感染症への対応で初動はもたついたものの、昨年三、四月にかけて抑え込みに成功しました。そして感染症対策と並行して、経済の回復と中国共産党の統治の徹底を進めました。
経済については、米中対立によるデカップリング(切り離し)に対処しつつ、「二つの循環」戦略や輸出管理法などを通じて、先端産業等については国内のサプライチェーンで賄えるようにし、GDP(国内総生産)構造もなるべく内需中心にするよう経済改革を推し進めています。また、二〇二〇年には二・三パーセントの経済成長を確保し、二一年は六パーセント以上という目標を掲げました。共産党政権としては、厳しいながらも、ある程度国民の支持は受けられるような状態にまで持ってきていると思います。
この結果から、感染症を抑え込むには権威主義体制のほうが有効だという議論があります。しかし、中国が対策に比較的成功した背景には、近年の共産党中央政法委員会などが治安強化のために進めた社区(コミュニティ)建設が功を奏した面や、「デジタル監視社会」とも言われるネットワークやデータ活用の経験がありました。果たして、同じだけの資源や制度を他の開発途上国や新興国が真似できるでしょうか。それらを考えると、いわゆる中国モデルが直ちに世界に広まることはないでしょう。
益尾 私は、新型コロナによって中国政治のフェーズが全く変わってしまったと見ています。習近平は、この対策のために全国の医療隊と軍を動員し、国家の権力を自分に集中させました。また、経済は中国では通常、「総理」の役職者が取り組む案件なのに、コロナ以後はこれにもより積極的に介入するようになりました。実際に民間企業も統制し始めています。
習近平にはもともと、経済政策と安全保障政策を統一的に策定すべきという考えがありました。そのため、国家の危機に際して経済も党が統制するという方向に中国全体を切り替えました。その結果、いまや中国政治は習近平の個人独裁になっています。コロナの前と後で中国は全く変わってしまいました。
川島 それを加速させたのはアメリカです。中国は、九・一一、リーマンショックに次いで、今回のコロナがアメリカの国力を弱めたと受け止めています。アメリカにGDPで追いつく時期も、それまで言われていた二〇三〇年より前倒しになると見られている。トランプ政権の失敗が、中国にとって追い風になったのです。
益尾先生に、ご専門の観点から教えていただきたいのですが、新型コロナの流行下で、中国が海洋やインド国境において強気に出たことをどうご覧になりますか。
益尾 中国はインドとぶつかり、香港を統制し、ウイグル人を弾圧し、台湾に圧力をかけ、尖閣列島などに関しては海警法を制定しました。これらは全てつながっていると見ています。習近平は共産主義者としての高い理想を掲げ、おそらく中国という理想国家の建設を完成させようとしています。そのために「国土空間計画」を作り、中国が考える領域全体で習近平の理想を貫徹させる統治体制を徹底的に構築しようとしている。国内でそれに従わない人達には圧力がかかるし、中国が考えている国境や領海に同意できない外国とは軋轢が生じる。この間の内政や外交に対する強硬的な措置は、全て同じ文脈にあると思います。