力を入れる貧困対策と環境問題
─三月に全国人民代表大会(全人代)が開かれました。どこに注目なさいましたか。
益尾 二〇三五年までの長期目標の要綱に注目しました。五ヵ年計画三回分ですが、一五ヵ年計画の策定は通常ではありませんので、重大な意味があるのだと思います。
習近平は、共産党の指導という政治体制を有していることが中国のアドバンテージだとよく語っています。最近は、「統籌経済与安全」(経済と安全保障を統合的に策定する)というキーワードもよく使います。共産党が人民と資源の配分を統合的に決定し、自らの目的のために全国動員体制を組めることが、自由主義国に対して中国が優位な点なのです。
二〇三五年までの長期目標は、経済の発展と安全保障をさらに統一的に進め、「平安中国」を実現しようというものです。そのために、経済の根本を共産党が握る。安全保障でも、中国の国境と海上境界の守りを固めて現代的な万里の長城を実質化し、経済発展で蓄えてきた各種ハイテク技術でその内側を守っていく、という構想だと思います。
経済と安全保障は切り離せないし、それを計画的に共産党が進めていくことが習近平にとっての中国モデルです。コロナ対応を通じて、そうした大きな潮流が始まっています。
川島 私は習近平が貧困対策の成果を強調したことに注目しました。彼は農村における貧困対策についていろいろな成果を上げたとしています。また、五ヵ年計画の成果としても、また共産党成立一〇〇年で達成したこととしても、「小康」と言われる「まあまあの暮らし」(一人当たりGDP三〇〇〇米ドル)を各地域で実現したことを強調しています。
また、生態環境など、環境問題への言及が非常に多いことも昨今の特徴です。クリーンな経済建設、また気候変動への対処などに中国も取り組もうとしています。
中国としては、国際競争力を保つために、経済的なグローバルスタンダードに関与して自らに有利に是正しつつ、国際的な自由貿易枠組みに加わり、中国の人々に先進的な豊かさを享受しているイメージを作らなければなりません。環境問題は人々の豊かさのイメージにも直結しますし、環境問題でも世界をリードする中国になれば、ビジネスチャンスも得られるということだと思います。
(『中央公論』2021年5月号より抜粋)
特集 強権中国の野望
〔対談〕 覇権拡大する習近平の論理 中国の海洋戦略、人権問題を読み解く ▼川島 真×益尾知佐子 尖閣防衛、喫緊の課題 グローバル化の成功と国内防衛の隙 ▼渡部恒雄 東南アジアに迫る中国のワクチン外交 独立性と多角化を貫いたインドネシアとタイ ▼相澤伸広 二〇二〇年代にも米中のGDPが逆転? 爪を隠した経済大国・中国の展望 ▼丸川知雄
1968年神奈川県生まれ。東京外国語大学外国語学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。北海道大学法学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科准教授などを経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(サントリー学芸賞)、『21世紀の「中華」』『中国のフロンティア』など多数。
◆益尾知佐子〔ますおちさこ〕
1974年佐賀県生まれ。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。日本国際問題研究所研究員、エズラ・F・ヴォーゲル研究助手などを経て、2008年より現職。著書に『中国政治外交の転換点』『中国の行動原理』、共著に『チャイナ・リスク』『中国外交史』など多数。