崩れていった関与戦略
アメリカの関与と支援の中国戦略が崩れ始めたのは、習近平政権の政策方針が理解されるようになった15年頃からだ。習近平政権は国内治安を重視して各種立法で社会を引き締め、市場化改革は後退した。同時に、一帯一路などにみられるように独自のビジョンに語勢を強めた。それをみたアメリカでは急速に中国への期待が失われ、政府内外の専門家はこぞって厳しい対中姿勢に転じていく。しかし当時2期目も後半に差しかかったオバマ政権に残された時間は少なく、また政権中枢には中国外交に配慮すべきとの強い声もあったため、南シナ海での「航行の自由」作戦やサイバー攻撃への対応に踏み切ったところで時間切れとなった。
なお日本では、オバマ政権がピボット、またはリバランスという言葉でアジア重視を主張した政権第1期を評価し、第2期を低評価する向きもある。だが、実際には第1期のピボットは関与政策と大差がなく、地域制度への参画を強めるべきとの認識に立ったもので、第2期後半にこそ、トランプ政権につながる、地殻変動とすら言える対中認識の修正があった。だからこそ、オバマ政権と同じ民主党のバイデン政権は現在、強硬な対中姿勢をみせており、反実仮想的に考えれば、2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントンが当選したとしても、バイデン政権と似通っていただろう。
とはいえ、現実にはトランプが当選し、この政権が対中戦略を本格的に転換させた。トランプ自身は新疆ウイグル自治区や香港、さらに台湾への関心が極めて低く、人権や地政学といった視点から戦略見直しを主導したわけではない。しかし、彼が膨らんだ対中貿易赤字の解消を訴え、自らをディールメーカーとして演出するために幾度も米中関係を揺さぶったことを、真の対中強硬論者たちが利用する。貿易協議が停滞したタイミングは、中国通信メーカーのファーウェイ社への規制をはじめ、強硬な政策の実現と符合している。さらに新型コロナウイルス感染症の感染拡大後は、中国の秘密主義的な対応こそが拡大につながったと、中国の政治体制が批判の俎上に上る。そうした政治的状況で、科学技術や経済活動において中国との関係を見直す多くの政策が実現していく。
中国戦略の転換に動いたのは、中国に幻滅し、追いつかれる恐怖を感じていたアメリカの政府各部局や専門家集団だ。科学界や産業界も、技術流出などを引きおこしている中国政府に不満を隠さなかった。中国のパワーへの慢心は吹き飛び、技術覇権を競う現実が直視された。議会に加え、宗教界やメディアも中国の人権問題を強く批判した。そういった不満が渦巻くなかで、再選を目指すトランプ大統領が別の思惑で、いわば水門を開いたのである。
(『中央公論』2021年10月号より抜粋)
佐橋亮 著
「中国は唯一の競争相手」――バイデン米大統領がこう明言するように、近年、米中の角逐は激しさを増している。貿易戦争、科学技術開発競争、香港・台湾問題......。米国の対中姿勢は関与・支援から対立へとなぜ一変したのか。両国のリーダーが誰になろうとも、今後も対立が続き、緊張緩和はないのか。国交回復から現在まで、五〇年にわたる米中関係をたどり、分断が進む世界のなかで、日本のとるべき針路を考える。
1978年東京都生まれ。イリノイ大学政治学科留学を経て、国際基督教大学卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。オーストラリア国立大学博士研究員、神奈川大学教授などを経て現職。著書に『共存の模索 アメリカと「二つの中国」の冷戦史』『米中対立』(中公新書)など。