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渡辺 靖×横田増生 トランプは再臨するのか―― ウクライナ侵攻で揺れる アメリカ社会

渡辺 靖(慶應義塾大学教授)×横田増生(ジャーナリスト)

「再登板」の可能性

――24年大統領選へのトランプ再出馬も囁かれていますが、今年の11月には中間選挙があります。ウクライナ情勢次第で現政権の支持率が大きく動く可能性もありますね。

横田 中間選挙は与党が不利になることが多く、アメリカ国内では共和党の有利が予想されています。昨年11月のヴァージニア州知事選でも、共和党のグレン・ヤンキンが勝っています。ヤンキンはトランプ支持を打ち出していた人物ですが、選挙戦ではトランプの名前をあまり出さずに、うまく当選したという印象です。

 3月末にロイターが、トランプが中間選挙への選挙資金拠出を渋っているという記事を出していました。トランプのPAC(政治活動委員会)である「セーブ・アメリカ」は、すでに約150億円の献金を集め、共和党でも最大規模の政治資金団体となっていますが、連邦選挙委員会に提出された政治資金報告書を分析すると、支出は献金の1割程度に留まっていると報じられていました。「セーブ・アメリカ」は、トランプ本人以外の選挙運動にしかその資金を使えないと選挙資金規正法で定められている「リーダーシップPAC」ですが、ここで貯めた資金を自身の選挙に回す抜け道はいくつもありそうだと見られています。

渡辺 もし私がトランプなら、選挙資金規正法の縛りを受けたくないので、今は立候補を表明しないでしょうね。ただ、大いにちらつかせるだろうとは思います。共和党内に睨みを利かせながら、トランプ・オーガナイゼーション(トランプ及びその一族が経営する企業グループ)に資金をどんどん集めるためです。トランプ本人は出馬に前向きだろうと思います。経済的な損得勘定だけではなく、次の選挙で確実に勝って、20年の結果がインチキだったと証明したい、そんなエゴの部分もあると思います。

 もう一つ重要なのは、トランプが複数の罪で訴追される可能性があることです。候補者になれば訴追へのハードルを高くできますし、再び大統領になれば訴追そのものを握り潰すことさえできるかもしれません。

 ただ、共和党内にはヤンキンのように、トランプと距離を置き始めた有力政治家もいます。20年の選挙結果をいまだに「盗まれた」と主張することに嫌気がさしている共和党支持者も多いようです。彼に直接反論はできないまでも、敗北は敗北として受け止めて次に進もうという雰囲気が少しずつ強くなってはいますね。

横田 共和党上院トップのミッチ・マコーネル院内総務などは、トランプが支援する候補者を「まぬけども」と切り捨て、トランプから猛烈な批判を浴びていますね。連邦議会議事堂襲撃の際は、トランプ支持とも不支持とも取れる態度でしたが、今は明確に批判しています。

渡辺 トランプ政権で副大統領だったマイク・ペンスは、選挙結果を認めたことでトランプ陣営から攻撃され続けていますが、ペンスの姿勢は政治戦略としてはリスクがあっても、共和党全体のためには賢明かもしれません。選挙結果を認める声が共和党の有力政治家からもう少し出てくれば、徐々に「トランプ党」から従来の「共和党」に落ち着いてくる気がします。

横田 「ペンスは選挙結果を覆す権限があったのに行使しなかった」と言い続けるトランプを、ペンス自身は最近も保守系団体の講演で、「トランプは間違っている。合衆国憲法の下では私に選挙結果を変える権限などない」と批判しています。おそらく、ペンスは24年の大統領選出馬を諦めたのではないでしょうか。

 トランプは元々、選挙戦に強くはありませんが、今年の中間選挙で共和党が勝つと、24年のフロントランナーは彼になるのではないかと思っています。元国務長官のマイク・ポンペオ、フロリダ州知事のロン・デサンティス、上院議員のマルコ・ルビオやテッド・クルーズなど何名かの名前が挙がりますが、いかんせんトランプに比べるとインパクトが弱く、知名度に欠けます。

 何よりも、見ている限りはトランプ自身がやる気ですね。FOXニュースや保守系のラジオ局の番組にも、かなり頻繁に出演しています。

 僕は選挙運動ボランティアをしたので、毎日のようにトランプ陣営からメールが届きます。大半は寄付の要請で、「いま寄付する10ドルは80ドルの価値がある」とか、よくわからない文言で献金をせびるメールが日に何通も来ますが、これだけ政治資金を集めておいて不出馬はなさそうですし、彼が出れば共和党ではほぼ敵なしじゃないかと思いますね。

渡辺 対する民主党候補がどうかと言うと、まずバイデンの再選はなかなか厳しいのではと見ています。ロシアによるウクライナ侵攻は長期戦になりそうで、今のところ彼はさまざまな制約のなかで健闘していると思いますが、それでも共和党は批判的です。今後の情勢次第では、アフガニスタン撤退をめぐる混乱に加えて、さらなる批判材料になりかねません。

 有権者の大半は、民主党か共和党かでほとんど腹を決めていて、勝敗を決するのは中間の浮動層、その多くは大都市郊外に住む人たちです。各種の世論調査を見ると、彼らが重視しているのはインフレ対策や医療保険改革など、生活に密着したイシューです。ウクライナへの派兵を望んではいないし、20年の選挙結果を否定する気もない。その一方で、民主党左派が主張する警察予算の削減やLGBTQの権利問題などにばかり注力されるのもかなわないというのが本音なのでしょう。

 インフレは簡単には収まりそうにありません。すでに長短金利の逆転現象が一時的に生じていますが、23~24年頃に景気後退が始まるかもしれません。これは最悪のタイミングです。しかし、バイデンに勝る候補者の名前も挙がりません。副大統領のカマラ・ハリスも、ちょっと厳しいのではないでしょうか。

横田 一時はヒラリー・クリントン再出馬待望論まで出ていましたが、それだけ人材が払底しているのでしょうね。ピート・ブティジェッジ運輸長官も期待は集めていますが、トランプに勝てるかというと難しいでしょう。エリザベス・ウォーレン上院議員のような左派寄りの人だと、16年にヒラリーとバーニー・サンダースの争いで党が分裂してしまったように、民主党はなかなかまとまりません。中道派で民主党を一枚岩にでき、しかもトランプに勝てる人物となると、ちょっと思い当たらないですね。

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