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渡辺 靖×横田増生 トランプは再臨するのか―― ウクライナ侵攻で揺れる アメリカ社会

渡辺 靖(慶應義塾大学教授)×横田増生(ジャーナリスト)
横田増生氏×渡辺 靖氏
『白人ナショナリズム』(中公新書)などで知られる渡辺靖さんと、『「トランプ信者」潜入一年』(小学館)のジャーナリスト・横田増生さんが、アメリカの現在地と今後について議論。そこからはウクライナ侵攻の影響も見えてきます。
(『中央公論』2022年6月号より抜粋)

渡辺 横田さんの最新刊『「トランプ信者」潜入一年』は、大学で職を得ている一介の研究者からすると憧れの一冊でした。私もアメリカのどこかで潜入調査してみたいと夢想しますが、大学や学会の倫理綱領もあり実現は難しそうです。

横田 大学の先生だけでなく、今は大手の新聞社などでも潜入取材は難しいようですね。フリーランスでないとできない手法になってしまっているのかもしれません。

渡辺 ユニクロやアマゾンのような大企業の労働現場への潜入と、トランプ支持者への潜入とでは手法はかなり異なりますか?

横田 店舗や物流倉庫では労働のノルマがあるので、体力的に非常にしんどいのですが、今回はトランプの選挙運動ボランティアなのでノルマがないし、時間をかければかけるだけ取材できるので、そういう意味ではだいぶラクでした。でも、やっぱり体力が要ることは間違いないですね。

渡辺 次の潜入先もすでに決まっていらっしゃるのですか?

横田 アマゾンに再度潜入したように、かつての取材先にもう一度潜り込んでほしいという依頼もあるのですが、年齢と体力を考えると、今回で最後にしたいところです。たとえば過激な環境団体のシー・シェパードとか、潜入してみたい組織は色々ありますが、もうちょっと無理かなという気がしてますね。

渡辺 ボランティアとして出会ったトランプ支持者は、どんな人たちだったのでしょうか。

横田 トランプの支持者のなかでも、特にQアノン(児童売買を行う小児性愛者との戦いを唱える極右集団)を信奉する人たちが唱える陰謀論だけを聞いていると、きわめて奇異な連中だと思えるのですが、人としては穏健でまともな人が多いですね。

 2021年1月6日に起こった連邦議会議事堂襲撃事件は、「(大統領選の)選挙結果が盗まれた」と主張するトランプに賛同する人々の抗議集会から引き起こされた暴動だったわけですが、前日のワシントンDC行きの飛行機で、集会に参加するミシガン州の主婦と隣り合わせになり、かなり詳しく話を聞けました。

 彼女もまたQアノンが唱える陰謀論を熱心に語る「信者」なのですが、そもそも彼女がQアノンに足を踏み入れたのは、オバマケア(医療保険制度改革法)により家族の健康保険料が月額400ドルから2700ドルに跳ね上がったことがきっかけだったそうです。オバマケアで無保険者の数も、保険加入者の負担も減ると思っていたら、どうなっているんだと、自分なりに答えを探したと言っていました。再婚した夫がQアノン信奉者だったこともあり、熱心に勉強すればするほどQアノンの穴に深くはまる、という構図です。

 彼女はワシントンDCを訪れるたびに、町中にいるホームレスの多さに胸を痛めるとも言っていました。ホームレスに会うと、急場しのぎのために少額のお金を手渡しているのだそうです。彼女に限らず、口から出てくるおどろおどろしい陰謀論と、人柄がまったく一致しない人が多かった印象があります。

 トランプやQアノンの主張は、一つひとつを取れば間違いや荒唐無稽な嘘ばかりです。でもそれを信じている人たちにはそれぞれのライフストーリーがあり、身につまされる切実さもあります。24年の選挙を経て、誰が次の大統領になるかはわかりませんが、こういう人たちと彼らがすがる「嘘」をも内包する民主主義のあり方は、ちょっと想像ができない。政治的にかなり厳しいことになっていくのかな、という気がします。

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