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阿南友亮 米中、日中、中台の経済相互依存が台湾海峡の軍事的緊張を高めている

阿南友亮(東北大学教授)

リーマン・ショックと戦狼外交

 日米台の対中関係にみられる経済と軍事のジレンマは、習近平政権以前から存在した。しかし、習の前任者の胡錦濤が「台湾との統一」を政策目標に掲げず、「両岸関係の平和的発展」という目標のもとで台湾との関係改善に取り組んだため、ジレンマの弊害がなかなか表面化しなかった。また、胡錦濤政権までの中国共産党にはアメリカを主柱とする既存の国際政治・経済秩序に適合する形で中国の政治・経済体制を改革するという姿勢がまだ残っていたので、ジレンマそのものが解消される可能性もあった。

 ところが、2008年に顕在化したリーマン・ショックは、中国共産党内における自己変革を追求するモチベーションを大きくそぎ落とした。この時の世界金融危機は、中国経済にも大きな打撃を与えたが、共産党政権が大規模な公的資金の注入によって経済成長を維持したため、中国の内外においてアメリカの相対的地位低下と中国の台頭という筋書きがまことしやかに語られるようになった。そうした世界的風潮に背中を押される形で、共産党政権上層部では「既存の国際秩序に合わせて中国の政治・経済体制を改革するのではなく、社会主義市場経済という中国特有の政治・経済体制に合わせて国際秩序が変わるべきだ」という趣旨の強気の言説が幅を利かせるようになった。

 これにより、中国との経済的相互依存が軍事的緊張を助長するというジレンマが中国側の改革努力によって解消される見通しは著しく狭まり、中国政府が経済的相互依存を逆手に取った経済制裁や大幅に増強された軍事力を用いた威嚇・恫喝によって他国に譲歩を迫る場面が、2010年頃から目立ち始めた。10年以降顕在化した、尖閣諸島や南シナ海の島嶼をめぐる中国の極めて強硬な姿勢は、このようにして醸成されたのである。

 現在の習近平国家主席を「核心」とする政権は、リーマン・ショックに端を発する対外強硬論の申し子ともいうべき政権であり、日本をはじめとする周辺諸国はもとよりアメリカとの対峙もいとわない強面外交を展開してきた。習政権のもとでは、SNSなどで排外的かつ扇動的な発言をする外交官が重用され、中国外交部が中国国防部と同様に恫喝めいた言葉を多用している。高飛車な発言に経済制裁や軍事的威嚇を織り交ぜた外交は、「戦狼」外交とよばれるようになった。
(後略)

中央公論 2022年8月号
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阿南友亮(東北大学教授)
〔あなみゆうすけ〕
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士課程在籍中に北京大学国際関係学院に留学。博士(法学)。著書に『中国革命と軍隊――近代広東における党・軍・社会の関係』、『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(サントリー学芸賞)などがある。
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