(『中央公論』2022年8月号より抜粋)
- ウクライナから台湾海峡へ
- 緊張高まる台湾海峡
- リーマン・ショックと戦狼外交
ウクライナから台湾海峡へ
2014年から続いていたロシア・ウクライナ間の紛争は、今年2月にロシアが大規模な侵攻作戦を始めたことにより凄惨極まる全面戦争に突入した。これに伴い、軍事的緊張が続く台湾海峡においても武力衝突が起きることへの懸念が高まっている。ロシア・ウクライナ間の戦争の導火線となった問題の構図が台湾問題のそれと酷似しているからである。
ロシア・ウクライナ間および中国・台湾間には、「統合のナショナリズムと分離のナショナリズムのせめぎ合い」とよぶべき構図が存在する。プーチン大統領が掲げるナショナリズムは、ウクライナ、特にその東南部を帝政ロシア以来のロシア領とみなし、習近平国家主席が強調するナショナリズムは、台湾の民衆を中華民族の一部とみなす。そうしたナショナリズムに基づき、プーチンはウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟することに拒絶反応を示し、習近平は台湾の中国からの分離独立を座視しないことを宣言している。
一方、ウクライナと台湾をみれば、中露のそうした世界観に共鳴する勢力は社会の少数派であり、中露の軛(くびき)からの離脱を志向する固有のナショナリズムが根を張っている。こうしたナショナリズムに対して、中露はともに軍事力の誇示あるいは行使をもって臨み、分離の進行を阻止しようとしてきた。
自民族優位主義的なナショナリズムに駆られた暴力行使への傾斜を強める中露は、兵器体系を一定程度共有するに留まらず、合同軍事演習を定期的に実施しており、近年では共同で日米などに対する軍事的威嚇をおこなうようになった。今年5月24日に東京でクアッド(日米豪印戦略対話)の首脳会合が開催されたのに合わせて中露合同爆撃機編隊が日本を一周したことは、その最たる例といえよう。クアッドの首脳会合では中露を念頭に「力による一方的な現状変更」への懸念が表明されたが、中露はまさに力の誇示によってその懸念に対する回答を示したのである。
6月12日にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ会合)における中国の魏鳳和(ぎほうわ)国防部長の発言も国際社会の危機感を煽った。魏鳳和は、「中国から台湾を分裂させるなら一戦をいとわず、徹底的に戦う」という趣旨の発言をおこなったのだ。ウクライナに対するロシアの恫喝が大規模侵攻にエスカレートし、国際社会の緊張が著しく高まっている情勢下で、中国人民解放軍の代表が台湾海峡における戦争の可能性を匂わせる発言をしたことは、緊張の緩和に努めるのではなく、その緊張をあえて利用する形で台湾やクアッド諸国を恫喝する行為であったといえる。