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川島 真×小泉 悠 習近平はプーチンから何を学ぶか 複雑化する国際社会を読みとく

川島 真(東京大学大学院総合文化研究科教授)×小泉 悠(東京大学先端科学技術研究センター講師)
川島 真(右)×小泉 悠(左)
 ロシアのウクライナ侵攻から中国は何を学ぼうとしているのか。そして、この複雑な国際関係のなかで、日本は、敵と味方に分けて世界を見る「一本足打法」からどう脱却すべきか。アジア政治外交史が専門の川島真・東京大学教授と、ロシア軍事研究が専門の小泉悠・東京大学講師が語り合う。
(『中央公論』2022年8月号より抜粋)

国家をリアルに語るということ

小泉 中国について語る人の中には、バラ色の中国を描く方もいれば、「中国憎し」の感情をベースにされている方もいる。その点、川島先生はそういう議論から距離を置いていらっしゃいますよね。定量的に是々非々で議論されるあたりは、私のような〝軍事屋さん〟の立場に非常に近いので、専門分野を超えて共有できる部分が多いような気がしています。

川島 小泉さんもロシアのことを非常にリアルに話されますよね。時々、「あるべきロシア像」「あるべき日露関係」を想定して話される専門家がいらっしゃいますが、小泉さんのお話にはそういうデコレーションがない。初めてお会いしたときから、そんな印象を持っています。

小泉 ありがとうございます。私は軍事の専門家なので、どうしてもロシアを仮想敵国として扱わざるを得ない。それに奥さんがロシア人なので、家の中にリアルロシアがあるという事情もあります。(笑)

川島 ウクライナ戦争で、中国といえばロシアと同じ専制主義国家だという括り方が定着しているように思います。しかし中国自身は、そう位置付けられることを嫌い、対外的にも国内的にもバランスを取っている姿を見せようとしていると思います。

 ウクライナ戦争に対する中国の行動はだいたい四つの要素に規定されています。一つ目は国内政治です。今秋の共産党大会で大きな人事があります。それが第一の目標になるでしょう。それに向けて、習近平政権は失敗できないし、これまでの政策を否定できないジレンマに陥っています。新型コロナウイルス感染症を完全に抑え込む「ゼロコロナ政策」にこだわるのも、昨年、ある程度抑え込みに成功していた時期に習近平が「ウィズコロナ政策」を批判したからでしょう。外交面でも、これまでの原則、例えば、領土・主権の尊重などを含む「平和五原則」を掲げてきましたから、主権侵害を認めるとは絶対に言えません。また、対ロシア関係についても、今まで良好な関係を築いてきた以上、それを否定できない。まして侵攻より少し前の2月4日、習近平はプーチン大統領と会談してNATO(北大西洋条約機構)の拡大に反対する共同声明を出し、ロシアの欧州に関する安全保障政策を支持するとしていました。それも否定できません。

 二つ目が対ロシア関係です。中国にとってロシアは最高位のパートナーシップ国で、首脳会談の回数も最多です。ただし同盟国を持たない独立自主という外交原則があるので、ロシアといえど同盟国ではない。だから完全に一致はしないのです。今回のウクライナ侵攻に関しても、ロシア寄りであることは明らかですが、まったく同じではないというのです。ウクライナの歴史的経緯についても、プーチンが昨年夏にまとめた論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」を踏まえつつも、中国としては「ウクライナの歴史問題は複雑」としています。中国政府が「複雑」という表現を使うときは、「スタンスを明確にしない」という意味です。また、アメリカが国連でロシアに対する非難決議案を提出した際も、中国は賛成でも反対でもなく「棄権」しました。中国としては、中露が一枚岩の「専制国家」にされて西側の制裁対象になることを避けようとしているのでしょう。 

 三つ目は対アメリカ。前回(2017年)の共産党大会において、習近平は中国建国100周年に当たる2049年にアメリカに追いつくという国家目標を提示しました。つまり当面、中国の最大の関心事は米中の競争関係なのです。ただこれは、冷戦時代のように世界を二極化しようという話ではありません。世界が多極化し、各国がそれぞれの思惑でゲームに参加する中で、トップ2である米中が競争するという構図です。ウクライナ戦争で、この構図を変えることは想定していないでしょう。

 習近平にとってはプーチンも大事ですが、バイデン大統領との関係も大事なのです。3月に習近平とバイデンがオンラインで会談したとき、「米中関係は大事」「競争を続けながら適切に問題を処理していこう」と互いに確認しました。また台湾問題について、バイデンから「『一つの中国』政策は変えていない」との言質も取りました。中国側としては、これでひとまず満足だったのです。

 四つ目は、他の新興国や開発途上国の視線です。アメリカをはじめとする先進国のいう「標準」では世界の問題を解決できないと中国は認識しています。中国は、新興国や開発途上国の代弁者になり、世界の多数派の支持を得ようとしているのです。

小泉 習近平は、おそらく事実上の終身制を目指すという内政上の大博打を打とうとしているので、トラブルはなるべく回避するでしょう。

 一方、プーチンも終身制を狙っているわけですが、なぜかその前にウクライナ侵攻というもっと大きな博打に出てしまった。やはりロシアはドストエフスキーの国だなという気がします。破滅的な方向に向かう(笑)。その点、中国人はきわめて堅実的でプラグマティックですよね。

川島 2月末、ウクライナ侵攻直後に行われたプーチンと習近平の電話会談でも、中国外交部の発表では、習近平が必ずしもプーチンを支持したというわけではないように読めるのですが、北京のロシア大使館はそれを否定し、ロシアを支持したという内容を公表しました。

 ただ、中国国内のネット空間では、ウクライナ戦争をめぐって、ロシアに批判的な発言でも削除されていないものもあり、きわめて多様です。今、中国政府の政策の選択肢は非常に多く、どの道を選択しても間違ったことにならないようにしています。

 一方で、5月末には王毅外相が太平洋の島嶼国の外相らと会合を行いました。安保の合意に至らなかったことで、中国政府の失敗と海外のメディアで喧伝されましたが、要点はクアッド(日米豪印による枠組み)首脳会議への対抗と、国内や世界の目をウクライナから米中対立の舞台である南太平洋に向けさせるためのアピールだったのだと思います。

小泉 ロシアの外交も、けっして単純ではありません。例えばトルコのエルドアン大統領とプーチンは仲良しですが、シリアやリビアでは殴り合っていたりする。そうかと思うとフィンランドとスウェーデンのNATO加盟問題ではトルコがロシアの肩を持ってゴネたり。

 そういう食えない奴同士だからこそ、一定のリスペクトを持って付き合っていくしかない。テーブルの上で向き合って握手しながら、その下では蹴り合うような関係ですね。それによって均衡が生まれるわけです。

 もともとユーラシア大陸の国家間関係はそういうものでした。インド・中国・ロシアの関係を見ても、小規模な武力紛争をすることもあれば利益を折半するようなこともある。冷戦期の二極構造やその後のアメリカ一極構造と呼ばれる世界で見えにくくなっていたものが、元の姿に戻りつつあるだけという気がします。

 インドもそうですよね。ロシアへの制裁に加わらず、天然ガスを買っていながら、クアッドには参加する。一見わかりにくいですが、インドの専門家に言わせると、インドにとって最大の敵は中国で、それも陸の国境の対立が問題。しかしクアッドが想定しているのは、海から来る中国なわけです。ロシアとの伝統的関係もありますが、「陸の中国」を意識して、陸の大国ロシアに接近して、中露の過度の接近を抑えるのでしょう。ただし海洋進出も将来的に課題になる可能性があるので、一応クアッドにも参加する。これがインドのスタンスのようです。

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