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川島 真×小泉 悠 習近平はプーチンから何を学ぶか 複雑化する国際社会を読みとく

川島 真(東京大学大学院総合文化研究科教授)×小泉 悠(東京大学先端科学技術研究センター講師)

危険な日本の「一本足打法」

小泉 ところが、日本の外交は先進国の一員として振る舞うという基準があるのでここまで複雑ではありません。ウクライナ侵攻に関しては、それを許すと中国も同じように力による変更を迫るおそれがあるから反対。それから将来、台湾有事など東アジアで何かあったときに西側からのフォローを得るには、今の段階で日本が西側を100%フォローすることが大前提。だから今回、岸田政権はロシアと大喧嘩してもいいというスタンスですよね。

 たしかに今の日本にとって、ロシアと付き合うインセンティブは多くありません。安倍政権時代は、従来と違う付き合い方をして日露関係を動かそうとしました。それ自体は評価されるべきだと思いますが、日本がギリギリの線まで妥協しても、結局ロシアは折れなかった。これ以上交渉してもムダということが明らかになったわけです。しかも今は戦争まで始めてしまった。距離を置くのは当然だと思います。

 むしろ日本に働きかけたいのはロシアのほうでしょう。とにかく極東地域の衰退に歯止めがかからない。ここをなんとかしてほしいなら、誠意ある態度を示しなさいよとメッセージを送ることが、日本なりのテーブルの下での蹴り方だと思います。

 しかし、対するロシアは日本のような考え方で動いているわけではないと理解しておく必要があります。ロシア以外でもそうでしょう。複雑な国際社会を読み解くには想像力をもっと使う必要があると思います。

川島 今ほど世界のそれぞれの国や地域に対する理解が必要なときはないはずですね。世界には多様な見方や価値観があるわけです。先進国の価値観を是として、あとは敵と味方に分けて世界を見る「一本足打法」が国益に適ううちはいいですが、同じ組に属している他国も一本足だとは限りませんし、そもそも先進国の観点だけを是とする国も世界で多数派とまではいえません。

 アメリカもヨーロッパも、さまざまなチャンネルを通じて中国と話し合う場を設けています。ところが日本は中国とほぼ没交渉になってしまった。ちょうど今年、日中国交正常化50周年を迎えるのですから、せめて欧米並みにはチャンネルを維持してはどうかと思います。ロシアとも、「戦争」一辺倒ではなく、「外交」も維持していくべきではないかと。例えば先の知床での遊覧船沈没事故の際に行方不明者の捜索で協力してくれたのなら、それを利用して関係を維持しておくのもいいかと思います。そして、国際社会で多数派工作をするにしても、民主主義対専制主義などといった構図で臨むのではなく、それぞれの国益に応じて働きかけることが大前提です。

 日本の外交が紅組か白組かという、運動会的な思考に陥り、敵味方をはっきり分け、敵とは交渉を断つ、という感じになったら、さまざまな変化に対応できなくなるでしょう。世界各国がそれぞれいろいろな見方をウクライナ戦争に対して有しているなかで、G7唯一のアジアの国として、日本はそうしたアジアの多様な見方を代弁できるか、大きな挑戦になると思います。

小泉 相手国のエミュレーター(あるメカニズムの動作を模倣する装置)のようなものを持つことが非常に大事だと思います。こちらの価値観だけで相手の考えを勝手に推し量っていると、きわめて乱暴で独りよがりな外交に陥ります。

(続きは『中央公論』2022年8月号で)

構成◎島田栄昭 撮影◎言美 歩

中央公論 2022年8月号
電子版
オンライン書店
川島 真(東京大学大学院総合文化研究科教授)×小泉 悠(東京大学先端科学技術研究センター講師)
◆川島 真〔かわしましん〕
1968年神奈川県生まれ。東京外国語大学外国語学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はアジア政治外交史。北海道大学法学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科准教授などを経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(サントリー学芸賞)、共編著に『サンフランシスコ講和と東アジア』など。

◆小泉 悠〔こいずみゆう〕
1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。同大学大学院政治学研究科修士課程修了。専門はロシア軍事研究。外務省専門分析員、国立国会図書館非常勤調査員などを経て現職。著書に『「帝国」ロシアの地政学——「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(サントリー学芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』『ロシア点描』など。
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