民主主義の後退は選挙から始まる
吉田 政治学者のスティーブン・レビツキーとダニエル・ジブラットは、民主政にあっては、民主主義とは手段ではなく目的でもあるという規範が維持されるとともに、政治から介入されない司法などの領域の「柔らかいガードレール」が必要だと言います。そして、一つひとつのガードレールは簡単に乗り越えられてしまうので、自由民主主義体制を守るためには何重ものガードレールが必要になります。
そう考えるとアメリカは、あれほどまでに恣意的な司法や州への介入を繰り返したトランプ大統領や、さらに連邦議会議事堂占拠まで行う支持者たちがいても、議会制民主主義は壊れないという特性を持っています。アメリカには徹底した三権分立というガードレールがあったからこそ、あと一歩のところで踏み留まれた。独立宣言と合衆国憲法を構想した建国の父たちは、トランプのような指導者が出現することを予期していたのではないでしょうか。
東島 20年の大統領選に敗れたトランプは、選挙結果を認めないという驚くべき言明を行いました。政治学者として、成熟した民主主義国の一つであると考えられてきたアメリカで、現職大統領自身により選挙結果が否定されたことに大きな衝撃を受けました。皆で合意して取り入れた代議制民主主義というルールを守るか否か、選挙結果を受け入れるか否かという点は、民主主義国にとっての最後の砦です。
とは言え、アメリカでは吉田先生がおっしゃった柔らかいガードレールが機能しているということなのでしょう。代議制民主主義をアップデートするにしても、こうした選挙という要素以外のガードレールをいかに構築するかが重要になると思います。
吉田 選挙は民主主義の代名詞のように語られがちですが、レビツキーとジブラットは、「現代において民主主義の後退は選挙から始まる」とまで言っています。つまり、現代においては選挙の有無だけで民主主義の程度を測ることはできなくなっていて、むしろ選挙で勝利したことを免罪符に、独裁的な政権が生まれる傾向にあります。少なくとも、選挙は民主主義と権威主義とを分かつメルクマールではありません。選挙がどのように運用されているか、さらに権力運用において民主主義を構成する要素の強弱を詳細に分析しなければならないと思います。
(続きは『中央公論』2024年1月号で)
構成:柳瀬 徹
1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は比較政治、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』『二大政党制批判論』『ポピュリズムを考える』『感情の政治学』『アフター・リベラル』『居場所なき革命』など。
◆東島雅昌〔ひがしじままさあき〕
1982年沖縄県生まれ。2015年ミシガン州立大学政治学部博士課程修了。Ph.D. (Political Science)。専門は比較政治経済学、権威主義体制、民主化、中央アジア政治。『民主主義を装う権威主義──世界化する選挙独裁とその論理』でアジア・太平洋賞大賞、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞を受賞。