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トランプ関税の狙いは「家族の回復」だ ヴァンス米副大統領ブレーン「改革派保守」が明かす

オレン・キャス(「アメリカン・コンパス」チーフエコノミスト)×会田弘継(ジャーナリスト・思想史家)
会田弘継氏(左)、オレン・キャス氏(右)
(『中央公論』2025年6月号より抜粋)

 乱暴としか思えない「相互関税」の発表で世界経済に混乱を引き起こしたトランプ2.0政権。20世紀後半から続く自由な国際秩序を大きく揺さぶるこの政権は何を狙い、米国と世界にいかなる改変をもたらすつもりなのか。政権の有力な知恵袋の一人とされ、3年前から一律10%の関税引き上げや産業政策の導入などを提案していたのがオレン・キャス氏だ。2020年にキャス氏が立ち上げたシンクタンク「アメリカン・コンパス」は、JD・ヴァンス副大統領、マルコ・ルビオ国務長官らと密接に協力。いまも有力メディアを通じて政権外から自由な立場で発言し、副大統領らに忌憚のない助言を続けている。独立行政法人国際交流基金の招聘(しょうへい)で3月に初来日した際のインタビューに加え、帰国後にメールで追加質問を行い、政権の狙いを聞いた。

「米国主導の秩序」はもはや重荷

会田 トランプ大統領については、昨年11月の大統領選挙で当選が決まった直後、英誌『エコノミスト』が論説で「フランクリン・ルーズベルト以来、最も重要な意味を持つ大統領だ」と断言した。さすが19世紀半ば以来、自由貿易体制の旗振り役となってきた古参メディアだ。米国はルーズベルトのニューディール体制の下で第二次世界大戦を勝ち抜き、圧倒的な軍事力・経済力を持つに至った。その米国の主導で生まれた国連とGATT(関税貿易一般協定、現WTO=世界貿易機関)・ブレトンウッズ体制(米ドル基軸通貨体制)による「自由な国際秩序」に大きな改変が起きることを示唆した。

 実際、政権の発足後、メキシコ、カナダ、中国への高関税導入に続き、4月に入ると各国一律10%関税に追加する形で日本24%、欧州連合(EU)20%など国・地域別の「相互関税」が発表された。中国に至っては報復合戦で最大245%の関税が課され、戦後国際秩序の危機が広く論議される事態となっている。

 一律10%関税引き上げは、キャスさんが早くから提案していたが、それに加え一挙に国別の大幅な関税引き上げが発表されたことをどう見るか。その論理を説明してほしい。


キャス 政権は正しい道具を使っているが、問題は使い方だ。ゆっくりと段階を踏んでいくことが大事で、その点でかなり深刻な懸念を持っている。一挙に進めるとその負荷も一挙にかかってくる。貿易赤字額に応じて関税を決めることをおかしいとは思わないが、すべての貿易相手国との赤字が完全に解消されるのを目指すというのはありえないだろう。

 なぜ関税引き上げなのか。レーガン大統領を支えた保守主義は、共産主義と戦う中で、経済分野では減税や規制緩和、そして自由貿易を柱にして、冷戦を勝ち抜いた。だがそれから40年の間に、若者たちを無為に海外に送った対テロ戦争は失敗し、共産主義の中国にまで自由貿易を拡大したことで米国の雇用も奪われた。財政赤字を積み上げてまで減税策を続けた結果、足元の米国の地域社会と家庭は犠牲にされてしまった。

 私がミット・ロムニー共和党大統領候補の下で働いた2012年大統領選から、トランプ大統領が最初に当選した16年までに、深刻な現実が明らかにされた。一つはマサチューセッツ工科大学のデヴィッド・オーター教授らの分析『チャイナ・ショック』だ。中国との自由貿易は何百万人もの雇用を犠牲にし、個々のコミュニティばかりか地域全体を荒廃させたという極めて重要な洞察だ。

 並行して、プリンストン大学のノーベル賞経済学者アンガス・ディートン教授らによる「絶望死」の研究で、教育水準の低い中高年、特に白人の平均寿命が自殺や薬物・アルコール乱用などで急激に低下していることが分かった。これに匹敵するような現象は、ソ連崩壊後のロシアにおけるアルコール乱用での死亡率増加だ。国家破綻による現象だといえる。米国は遠くからは繁栄しているように見えたが、内実は違っていた。

 米国が「自由な国際秩序」を支えようとしても、もはやその負担が利益を超えてしまい、支えきれなくなった。米国が主導してつくった制度だが、状況が変わったので条件を考え直したい。自由貿易は歓迎だが、相互に利益となる自由貿易が前提だ。

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