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左右の「キャンセル・カルチャー」合戦で滅びる民主主義 保守活動家カーク暗殺で加速するアメリカ政治の「宗教化」

加藤喜之(立教大学教授)

カークとは何者か

 カークの才能は、ひとえに大衆、とりわけZ世代(1990年代後半から2010年代初頭生まれ)の若者に語りかける力にあったといってよいだろう。彼が18歳の時に始めた組織「ターニング・ポイント・USA」(以下、TPUSA)は、全米の高校や大学に3000以上の支部を持つ若者向けの保守政治団体だが、その中核にはカーク自身の言論活動があった。

 カークは全米中の大学をめぐり、暗殺の場となったユタ・ヴァレー大学での動画に見られたように、屋外にテントを張り、リベラルや左派の学生や教員をディベートに招く。争点はトランス・ジェンダー、人種、銃規制など多岐にわたるが、目を引くのは、素早いレトリックによって対話相手たちを論破していくカークの姿だ。そうした光景は、ショート動画─現実はどうであれ、そのように切り取られたもの─で有名になり、大学などの高等教育機関で劣勢に立たされがちだった保守思想が若者の間で広まる契機を作ったともいえる。

 大学などをめぐる論破ツアーに加えて、カークは自身のポッドキャスト番組を運営していた。この番組は、年間1億以上のダウンロード数を誇り、アップル社のポッドキャストのランキングでは常に10位以内に入っていた。米国では通勤時にポッドキャストを聞く習慣があり、数多くの番組が存在する中で、カークの番組は人気ポッドキャスターのジョー・ローガンやタッカー・カールソンやベン・シャピロなどと並び、保守派、とりわけ若者の間で絶大な影響力を持っていた。

 著作は4冊刊行。20年の『MAGAの教義:未来を勝ち取る唯一のアイデア』は、『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーリストにも入った。さらに24年の大統領選の前には『右派革命:ウォークに打ち勝ち、西洋文明を救う方法』を出版するなどして、トランプ陣営の後押しもしている。実際、カークの言論活動は、16年のトランプ台頭の下地を作り、24年には若者を中心としたMAGA旋風を起こす原動力となった。その実績が買われ、カークは20年と24年の共和党全国大会で講演しており、トランプもまたそうしたカークとTPUSAの活動を大統領選勝利に貢献したとして高く評価している。

 こうしたカークの活動は、彼の福音派信仰に根差したものだったといってよいだろう。シカゴの郊外に育ったカークは、小学5年生の時に福音派の私立学校で回心を経験したという。回心とは、神の前で自らの罪を認め、イエス・キリストがその罪の贖(あがな)いとして十字架で自分のために死んでくれたと心から信じることを指す。その学校、ヘリテージ・クリスチャン・スクールは、著名な福音派の神学者ウェイン・グルーデムによって1982年に創設されたものであり、キリスト教的な世界観に基づき学生を教育することを目的に掲げている。ちなみに、グルーデムは2016年の大統領選では最も早くトランプ支持を表明した福音派の指導者のうちのひとりに数えられる。

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