左右の「キャンセル・カルチャー」合戦で滅びる民主主義 保守活動家カーク暗殺で加速するアメリカ政治の「宗教化」
「七つの山に関する命令」
北ジョージア大学のマシュー・ボーディー教授の調査によると、カークは福音派の中でも、神とサタンによる霊的戦いの実在を信じ、癒しや異言といった超自然的な神の働きが現代にも継続しているとみなすカリスマ派に属していた。その中でも、特に「七つの山に関する命令」(Seven Mountains Mandate)を重視するグループの一員だったという。
「七つの山に関する命令」とは、キリスト教の使命を布教だけに限定せず、現代社会の七つの領域─教育、家庭、宗教、政府、ビジネス、メディア、エンターテインメント─に保守的キリスト教の価値観を浸透させ、最終的にはキリスト教徒がこれらの領域を支配することを目指す考えだ。1970年代に福音派指導者たちによって提唱されたこの思想は、80年代以降、宗教右派が政治参画する動機のひとつとなった。(*1)
この運動の支持者たちは、60年代のカウンター・カルチャーや世俗主義の背後にサタンの働きを見出し、アメリカの「古き良き文化」の根幹にあるキリスト教を社会の全領域で復権させようとしてきた。2010年代以降、この動きは「キリスト教ナショナリズム」とも同調し、全米で約3割、共和党の影響力が強い州では4割以上が賛同している。(*2)
(『中央公論』2026年1月号では、この後もアメリカにおけるキリスト教ナショナリズムの現状や、カークが大学を標的にした理由、左派の過激化が右派からの報復を誘発した状況などを詳しく解説している。)
[注]
*1 宗教右派の興隆と「七つの山に関する命令」の前身となる思想については、加藤喜之『福音派--終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書、2025年)、88~97頁。
*2 Matthew Boedy, The Seven Mountains Mandate: Exposing the Dangerous Plan to Christianize America and Destroy Democracy(Louisville, KY: Westminster John Knox Press, 2025); 加藤喜之「アメリカを揺るがすキリスト教ナショナリズムの本質」(『世界』2025年11月号、岩波書店)109~110頁。
※本稿の執筆に際し、三牧聖子氏、井上弘貴氏、相川裕亮氏、木村智氏に草稿をお読みいただき、貴重なご意見をいただいた。感謝したい。なお本研究はJSPS科研費25H00456の助成を受けたものである。
1979年愛知県生まれ。プリンストン神学大学院博士課程修了(Ph.D.取得)。東京基督教大学准教授やケンブリッジ大学クレア・ホール客員フェローなどを経て現職。専門は思想史、宗教学。著書に『福音派─終末論に引き裂かれるアメリカ社会』、共著に『記憶と忘却のドイツ宗教改革』『日本史を宗教で読みなおす』などがある。





