後藤 思い出すのは竹下内閣。リクルート事件絡みで宮沢蔵相が辞任し、内閣改造したら今度は長谷川峻法相に飛び火。また政治家を起用して引っかかったらかなわないと、佐藤内閣時代に内閣法制局長官だった高辻正己に白羽の矢を立てたんですね。野田内閣が防衛大臣に民間の森本敏を登用したのと同じで、苦し紛れの逃げです。人事は十分研究していたはずなのに、本番でミスしてしまう。ちなみに外務大臣は宇野宗佑です。
岡崎 竹下内閣の終わりあたりから自民党の凋落が始まりますね(笑)。どこの国でも外務大臣、防衛大臣というのは、トップに次ぐポストなんですよ。戦後の日本のみ、そうではなくなったのです。
後藤 本当に"お飾り"みたいな大臣が多いですね。
竹下は小泉と違って、情に流された人事をやりました。それまでの自民党「怨念政治」を正そうと、総主流派体制を志向した。人を見るよりも派閥の平等性に主眼を置いたわけです。そのせいで政権としてのパワーが殺がれてしまった観は否めません。
岡崎 ただ政策面を見れば、消費税の創設は立派でしたよ。私がタイの大使をやっていたとき、バンコクに見えたことがあります。支持率は急落し、秘書が自殺しと、もうボロボロの政権末期でしたが、「総理は辞めるけど、消費税は作った。これで将来の国の財政はちゃんとするだろう」と話していたのが印象的でしたね。
後藤 党に目配りの利く金丸信という?爺やさん?のいたことが大きかったですね。政権の後ろ盾というのは、やっぱり大事なんですよ。
岡崎 何だかんだ言っても、最後の「総理らしい総理」じゃないでしょうか。
不世出の伊藤博文─陸奥宗光コンビ
後藤 さきほど戦後の外務大臣は"お飾り"という話が出ましたが、戦前は例えば小村寿太郎だとか、教科書に出てくるような立派な政治家が数多くいました。
岡崎 私は小村をあまり評価していないんですよ。ものすごく個性の強いイケイケドンドンの男なんだけど。
後藤 そうなんですか。われわれは小説などに毒されているのか。(笑)
岡崎 決めたことは強引にでもやるんですね。例えば日露戦争は小村がいなかったら負けていたでしょう。一日遅れるごとに戦況が不利になる状況下で、早期の開戦に持っていった功績は認めてもいい。でも戦後に満州を共同で運営しようという米国のせっかくの提案を断ってしまったんですね。国の行く末を誤らせた責任は重大です。まあ伊藤博文くらい包容力のある人間がコントロールしたのならうまく行ったのかもしれませんが、桂太郎というのがまた、明治期で最も無能と言っていい総理でしたから。
後藤 岡崎さんの評価なさる総理─外相のコンビは?
岡崎 伊藤博文─陸奥宗光が最高位。これは二度と出ないでしょうね。二人とも政治家としてものすごく高い能力を持ち、協力し合った。陸奥は藩閥とまったく関係のない人間でありながら、伊藤が拾い上げて重用したのです。まさに抜擢人事でした。
後藤 二人とも幕末の修羅場をくぐっているから、度胸のすわり方も違うのでしょう。
岡崎 若槻禮次郎、濱口雄幸の下で幣原喜重郎外相というのも、いいコンビでした。幣原は外務官僚の中で誰が見ても「できる」男だった。外相になるべくしてなったというタイプですね。
逆に最悪は近衛文麿─松岡洋右。近衛は対外強硬論を吐く松岡を結局は「更迭」するのですが、何よりいけないのはポピュリズムに訴えて彼を起用したこと。国際連盟脱退のとき、総会で大演説をぶって国民から喝采を受けた松岡を、受けがいいだろうと任命したんですね。そういうことをすると必ず失敗するのが世の常です。