象徴的な動きは、沖縄県議会が一〇年二月、普天間の「国外・県外移設」を求める意見書を全会一致で決議したことだ。県議会が「県外移設要求」で一致したのは、九六年以来、初めてのことだった。沖縄県政界は、今も残る「保守」「革新」の両勢力が「県外移設要求」でまとまっている。仲井真知事は、容易には「県内移設」や「申請の承認」に舵を切れない状況だ。
知事が「承認」の判断をしやすくするため、政府・与党としては、周囲の環境整備を徹底的に図る、というのが、安倍官邸の方針だ。その司令塔となっているのが、菅官房長官である。
菅氏は、政権発足直後から、「沖縄シフト」を敷いた。一月末に決めた二〇一三年度予算案では、沖縄振興予算を前年度比六四億円増の三〇〇一億円に増額。地元の要望に沿い、那覇空港第二滑走路の工期を当初計画の七年から一年短縮し、仲井真知事から「満額回答」の謝意を得た。
さらに、自らは知事と個人的な信頼関係を深めることに腐心している。
「菅さんは今、ほぼ毎日、携帯で仲井真さんと話し、意思疎通を図っている」と周辺は証言する。そのやり方はさながら、菅氏が「政治の師」と仰ぐ梶山静六元官房長官が沖縄に打ち込んだ時の姿のようでもある。
梶山も橋本もいない
ただ、菅シフトにも弱点はある。戦争の記憶が体に刻み込まれ、沖縄に対する「贖罪」意識を抱いていた梶山氏や橋本氏と違い、菅長官や安倍首相にとっての「沖縄」は、歴史で学ぶ知識のレベルに近いことがその一つだ。
日本の主権回復を記念する政府主催の式典開催を検討中、と首相が国会で最初に表明した三月七日、その弱点が露呈した。首相は「七年間の占領から日本が主権を回復した」と、サンフランシスコ講和条約発効の意義を説明したが、米軍占領のまま残った沖縄には触れなかった。
沖縄には条約発効の日を「本土から切り離された屈辱の日」と呼ぶ人々がなおいる。首相は、式典開催を正式に決めた三月十二日の閣議では「奄美、小笠原、沖縄の苦難の歴史を忘れてはならない」と付言したが、「主権の日」問題は、沖縄の「反ヤマト(本土)」感情に改めて火をつけてしまった。仲井真知事は式典への欠席を決めた。
もう一つの弱点は、自民党沖縄県連である。県連は四月下旬時点で、今夏の参院選でも「県外移設」を地元の公約に掲げて戦う、としている。党本部は、当然ながら「日米合意の推進」を掲げている。中央で調整にあたる石破幹事長は、「今、最も悩ましい問題だ」と頭を抱える。党中央と地方がねじれたままでの選挙戦となれば、民主党と同じ失態となるからだ。
夏の参院選は、弱点のほころび方次第では、沖縄に独特の風が吹きそうだ。改選となる糸数慶子氏は〇七年参院選で、民主、共産、社民、国民新などの推薦を受け、三七万六〇〇〇票余を獲得した。この数字は、知事選を含む沖縄全県の選挙で史上最多得票だ。
沖縄県の元幹部は「『主権の日』問題などで、今はバラバラの野党が再び結集し、前回得票を目指す可能性がある。自民候補が苦戦すれば、知事の申請の判断に必ず影響する」と語る。
沖縄県政界の事情は、菅氏が普天間進展を急ぐ背景にもつながっているようだ。「菅さんは、来年末に任期が切れる仲井真知事の後任に、基地問題で連携できる有力な人材がいない、と見ている。『仲井真さんのうちに』というのが本音だ」と周辺は話す。
また、来年一月に移設先の名護市で行われる市長選も変数となる。防衛省幹部は「知事の判断が市長選より先でないと。後になれば市長選の結果が知事の判断に影響する」と懸念する。
悪夢は普天間周辺での事故
普天間移設の帰趨について、安倍政権は、仲井真知事の判断にほぼすべてを委ねる「背水の陣」を敷いた。失敗は、普天間飛行場が現状のまま固定化することを意味する。
重要なのは、住宅密集地の真ん中にある普天間飛行場周辺で、次に軍用ヘリ墜落などの事故が起きれば、県民の反発は政治的に制御不能に近づくことだ。「その時、普天間は閉鎖される可能性があり、日米同盟は大きく傷つく」と政府関係者は悪夢を恐れる。
解決には、橋本元首相が種をまいた時と同様、政治主導しかない。参院選をはさんだ年末に向け、安倍政権の総合力が問われることになる。
(了)
〔『中央公論』2013年6月号より〕