知識は陰謀論の「防波堤」になりうるか
図1からは、日本社会にネット右翼的陰謀論に受容的な者が、世論の二割とかなり多くいることが明らかとなった。そこで、このような陰謀論の受容性とネット利用がどのように関連しているのかについて、本調査データを用いてより詳しく分析していこう。
まずは、本稿のアウトカム(結果変数)の操作化について説明する。アウトカムは、図1で示した四つの質問を合成した上で、0を基準とするようリコーディングした得点(M=7.31,SD=4.52,Min=0,Max=16,α=.922)を「ネット右翼的陰謀論の受容度」と定義して用いる。
続いて、アウトカムを説明するWEBメディア接触の頻度に関する変数について説明する。本調査では、「Twitter」「まとめサイト」「ヤフコメ」それぞれへの閲覧頻度および書き込み頻度を別個に尋ねている。選択肢は、閲覧頻度では「よくみる(4)」「ときどきみる(3)」「ほとんどみない(2)」「利用したことはない(1)」、書き込み頻度では「よく発信する(4)」「ときどき発信する(3)」「ほとんど発信しない(2)」「利用したことはない(1)」であるが、分析上、それぞれのサービスごとの得点を合計して「利用頻度」として用いる[※5]。
また本稿では、単にWEBサービスの接触効果だけでなく、政治に関する知識量がネット右翼的陰謀論の受容度を低下させるのかについても検討する。本調査では、「三審制」「参議院の任期」「一一年に放送内容偏向を訴えるデモの対象となった放送局」「立憲民主党の支持基盤」に関する四つのクイズを用意しており、その合計正解数を政治知識量として用いる(M=1.53,SD=1.27,Min=0,Max=4)。すなわち、この政治知識量と、前述のWEBメディア利用頻度の交互作用項(以下、交差項)を用いて、政治的知識の「防波堤」効果について検証する。なお、キーとなる交差項はそれぞれ連続変数として捉えているので限界効果(mar-ginal effect[※6])の結果にもとづいて解釈する(Brambor et al、二〇〇六)。最後に、アウトカムと説明変数のいずれにも影響を与えうる要因として、性別・年齢・教育程度・世帯収入・職業・保革自己イデオロギーを統制変数として投入して、最小二乗法で推定した結果が図2である。図2では、Y軸上の0のラインが網かけ部分(九五%信頼区間)の上/下限とかぶっていない区間に注目する。つまり、重複しない区間内の知識量は五%水準で統計的に有意であると解釈できる。
図2では、まとめサイト利用についてのみ、政治的知識量がおよそ一を超える場合に統計的に有意な結果が示されている。すなわち、政治の知識が全くない人(政治知識量=0)がまとめサイトを利用しても、ネット右翼的陰謀論を受容するかは定かではない一方で、知識が一定程度ある人(政治的知識量≧1)では、まとめサイトを利用するほど、ネット右翼的陰謀論を受容する傾向にあることを意味している。他方で、Twitter、ヤフコメの利用頻度は、ネット右翼的陰謀論の受容との間において明確な関連は見られない。
では、こうしたWEBサービス利用において、具体的に、政治的知識は、陰謀論受容をどの程度「ブースト」させる効果を有しているのだろうか。図3は、以上の推定結果を用いて、政治知識が全くない場合(政治知識量=0)と最もある場合(政治知識量=4)ごとに、各WEBサービス利用頻度が変化した時に予測されるアウトカムの程度(陰謀論受容度)をシミュレートしたものである。ここでは図3で統計的に有意であった「まとめサイト」の効果について解釈しよう。
[註]
本研究は、JSPS科研費若手研究(課題番号:18K12707)「デマの蔓延が政治的帰結に与える影響:テキストマイニングとサーベイ実験による検討」の助成を受けた成果の一部である。また本稿の内容について、Song Jaehyun氏(同志社大学)より有益なコメントを頂いた。ここに記して感謝申し上げる。無論、本稿の誤りの責はすべて筆者に帰する。
[※1]たとえば、在日朝鮮人は(日本人に比べて)生活保護の受給ハードルが低くなっているなどの主張がその典型である。
[※2]主には、盛んに議論されている5ちゃんねるのスレッドから一部を取り出してまとめたWEBサイトのこと。まとめサイトは、元の掲示板の書き込みの中から一部の歓心を買いそうな書き込みだけを抽出・整理したものであるため、仮に元のスレッドでは賛否両論があって論争的であったとしても、特定の方向の意見を、全体の意見のように見せることができる。
[※3]本調査は、北九州市立大学「人を対象とする研究に関する倫理審査委員会」による倫理審査の承認を受けた(受理番号三〇-一一)。また本調査は、性別・世代・地域について国勢調査にもとづいて割り当てた上で行い、日本の縮図に近似するよう設計した。
[※4]選択肢は「同意」「やや同意」「どちらともいえない」「あまり同意しない」「同意しない」「わからない」である。ただし、分析上「わからない」は欠損値として扱う。
[※5]これらの質問にもすべて「わからない」が含まれるが分析上除いた。それぞれの変数は0を起点として数値が高いほど利用頻度が高くなるようリコーディングしている。
[※6]各WEBメディアが陰謀論受容に与える効果に対して、政治的知識量がどの程度「有意に」条件付けられているかと理解すればよい。
[参考文献]
●Brambor, T, William, R. C., and Golder, M., 2006, Understanding Interaction Models: Improving Empirical Analyses, Political Analysis, 14(1): 63-82.
●樋口直人(二〇一四)『日本型排外主義--在特会・外国人参政権・東アジア地政学』名古屋大学出版会
●稲増一憲・三浦麻子(二〇一六)「『自由』なメディアの陥穽:有権者の選好に基づくもうひとつの選択的接触」『社会心理学研究』三二巻三号、一七二~一八三頁
●伊藤昌亮(二〇一九)『ネット右派の歴史社会学 アンダーグラウンド平成史1990-2000年代』青弓社
●Kobayashi, T. and Inamasu, K., 2015, The Knowledge Leveling Effect of Portal Sites, Communication Research, 42(4): 482-502.
●永吉希久子(二〇一九)「ネット右翼とは誰か--ネット右翼の規定要因」樋口直人ほか編『ネット右翼とは何か』第1章、青弓社、一三~四三頁
●高史明(二〇一五)『レイシズムを解剖する--在日コリアンへの偏見とインターネット』勁草書房
●田中辰雄・山口真一(二〇一六)『ネット炎上の研究--誰があおり、どう対処するのか』勁草書房
●辻大介(二〇一七)「計量調査から見る『ネット右翼』のプロファイル--2007年/2014年ウェブ調査の分析結果をもとに」『年報人間科学』三八号、二一一~二二四頁
●安田浩一(二〇一二)『ネットと愛国--在特会の「闇」を追いかけて』講談社
(『中央公論』2021年5月号より抜粋)
1988年広島県生まれ。神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。神戸大学学術研究員、関西大学非常勤研究員、北九州市立大学講師などを経て、現職。専門は政治行動論、実験政治学、政治心理学。共著に『日本は「右傾化」したのか』など。