(『中央公論』2022年4月号より抜粋)
- 台湾有事に備えた抑止力を
- 「戦略的専守防衛」の国に
台湾有事に備えた抑止力を
――中国が軍事力を増強し、東アジアの安保環境が激変しています。台湾有事の可能性も囁かれていますが、最近の中国をどう見ていますか。
中国は、国際法に準じる日本や西側諸国とは価値観がまったく異なるので、そこに留意しながら考えていかなければなりません。
台湾有事を考える上では、まずは中国の政治体制や状況を見ておく必要があります。今年の秋には5年に1度の中国共産党全国代表大会が開かれます。各種報道にある通り、習近平国家主席は、原則2期10年の任期を超えて、3期目の続投がほぼ確実視されています。すると、習主席は自らの偉業をアピールしたいわけで、中国にとって建国以来の「歴史的任務」である「台湾統一」は、打ってつけの目標になるわけです。
日本としては、もちろん台湾有事など起こらぬよう平和的に外交を行うべきでしょう。西側諸国も同じように動くはずです。しかし、台湾有事が起きるか否かは、日本や西側諸国の思いとは関係なく中国の意思で決まる。習主席が、毛沢東を超えるような歴史的事業を目指して台湾統一へ動くとなれば、残念ながらそれを止めることはできないのです。そして台湾有事になれば、日本の南西諸島も確実に戦域になります。つまり、台湾有事とは日本有事であり、その可能性が少しでもあるとすれば、当然その対応策を考えていかなければならないのです。
アメリカは昨年3月に発表した国家安全保障戦略で、中国を「唯一の競争相手」と位置づけ、同盟国と連携して対抗することを宣言しました。そのアメリカも台湾有事は懸念しており、前インド太平洋軍司令官のフィリップ・デービッドソンが同じく昨年3月に「今から6年以内に(中国の)台湾に対する脅威が明確化する可能性が高い」と議会で証言しています。その論拠は軍事バランスで、やはり中国の軍備増強の勢いがすごいのです。中国は昨年、日本の4倍の防衛費をつぎ込んでいる。
私もデービッドソンとは意見交換したことがありますが、私が統合幕僚長だった2015年くらいまでは日本とアメリカの軍事力のほうが中国に勝っていました。しかし今は、戦闘機も船もミサイルも、量においては中国が勝っています。日米の軍事力は質で上回るという見方もありますが、中国も相当な努力をしているわけで、軽視できるものではありません。だから今こそ日本も抑止力を再構築し、万全の体制にしなければならないのです。
――中国側も、台湾へ侵攻するとなれば相当なリスクを背負うため、実際に有事が起きる可能性は低いと見る識者も多くいます。
確かに、中国にとっても軍事侵攻はリスクが大きすぎるため、台湾有事の「可能性は低い」とする専門家は多い。しかし私は、ここでの「やる」「やらない」の議論はあまり意味がないと思っています。というのも先ほど述べた通り、中国にとって台湾統一はアイデンティティのようなもので、「やらない」という選択肢はありえません。条件が整えば、中国は必ず「やる」のです。
ただし、「やれない」という状況はありえます。日本はやれない状況を作るための抑止力を、日米で構築する必要があるのです。