河野克俊・前統合幕僚長に聞く 「最悪の事態」を想定して万全の体制を整えよ――緊迫する東アジア
「戦略的専守防衛」の国に
――中国はミサイル戦力も増強し、例えば地上発射型の中距離ミサイルを1250発以上持つようになりました。日本は専守防衛を掲げているため、発射されたミサイルを迎撃して防衛する戦略を取っています。しかし、日本のミサイル防衛は能力とコストの面で限界に近く、戦略の見直しが必要との指摘もあります。
今、日本の安保環境が大きく変化し、有事のリスクが非常に高まっています。専守防衛の考え方についても一度整理して、議論をしていただきたいところです。
日本の専守防衛とは、『防衛白書』に書いてある通り、「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう」ものです。先制攻撃はもちろん国際法違反です。
では憲法ではどうかというと、第9条1項は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。そして2項に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とある。2項は、大きな根本的な問題なのでひとまず置いておきます。1項は、1928年の不戦条約で示された理念であり、私もまったくもって賛成です。ただ、敵国が不戦条約の精神を踏みにじって日本に攻撃を仕掛けたとき、憲法はその戦術的対応にまで「必要最小限」を求めているのでしょうか? 私は疑問に思います。
日本は国のあり方、国柄としては専守防衛の国です。そして、もし侵略を受けた場合には、戦術的に攻勢作戦のできる「戦略的専守防衛」の国であるべきです。
日本が攻撃を受けた場合、日本政府は、国家の主権と国民の生命・財産を守らなければなりません。そのために政府は、自衛隊に対して全力で日本国民を守れと命じます。大規模災害の発生時にも、自衛隊は必要最小限で救助活動をやっているわけではなく、全力で国民を守ります。それと同じことです。そのような有事の状況下、戦術的な場面にまで専守防衛の考え方を当てはめるのは行き過ぎではないかと思います。
敵基地攻撃についての政府見解は、1956年の鳩山一郎総理の答弁に由来します(「誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います」1956年2月29日、衆議院内閣委員会答弁)。今までは、戦術的にも文字通りの「専守防衛」の考え方があったために、ミサイルの射程を延ばすなどの場合でも「専守防衛」に反するのではないかと議論になりました。しかし昨今は、安保環境の変化を受け、政治の場でも自衛隊の攻撃力、反撃力の保有が必要との議論が行われるようになってきました。このことは大変心強く思います。
1954年北海道生まれ。77年に防衛大学校卒業後、海上自衛隊入隊。海上幕僚監部総務部長、海上幕僚監部防衛部長、掃海隊群司令などを経て海将に昇任し、護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。2014年第5代統合幕僚長に就任し、3度の定年延長を重ねた。19年4月退官。現在は川崎重工業顧問。著書に『統合幕僚長』がある。