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森 喜朗 あうんの呼吸で「3期目」に備え

森 喜朗(元首相)

気迫の選挙遊説 父・晋太郎の姿に重なる

 参院選が始まってから、安倍さんや(自民党)安倍派(清和政策研究会)の人たちに話したことがある。安倍さんのお父さん、安倍晋太郎さんが派閥を継いで安倍派の会長になり、私は事務総長を務めていた1990年の衆院選。晋太郎さんはヘリコプターをチャーターして、日本中を回った。結果として、新人を21人当選させたんですよ。自民党としても大変な数ですが、一つの派閥でこれだけの新人を当選させたことは、まさに希有なことです。それを晋太郎さんはやり遂げた。その時、私もヘリで全国を飛び回っていたが、晋太郎さんから「今、どこにいるんだ、森くん」と連絡が入ってくる。「今、九州のここです」と報告すると、「そっちはもう勝負が決まっているから」と答える。そのぐらい、晋太郎さんは神経をとがらせて選挙をやっていた。

 晋太郎さんは選挙中すべての候補者の応援に回るつもりだったのに、熊本の松岡利勝さんのところにだけ行けなかったので、「すまない」とすごく気にしていた。選挙後、熊本に行き、松岡さんの後援会会合に出て、そこから山口に移動し、旧制山口中(現山口高校)の同窓会の式典に出席するという日程で出かけた。しかし途中、高熱を出して、式典に出られなくなった。選挙の疲れもあったと思うが、それから順天堂大学医学部附属順天堂医院に入院し、長期の入院治療をされ、翌年亡くなられた。

 何か虫の知らせでね、今回の参院選で安倍さんがあんまり張り切って全国を回っているので、ちょっと気になり、お父さんのことを思い出して、安倍さんにそのエピソードを話した。彼は90年当時はまだ政治家になっていなかったけれど、「そうでしたね」と言っていた。結果として、選挙であちこち回っている最中に、このようなことになってしまい、不思議なことだが、歴史が繰り返されたと思った。

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