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尾身茂コロナ分科会会長インタビュー 「提言はお盆前に出さなければいけなかった」

尾身 茂(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長) 聞き手:牧原 出(東京大学先端科学技術研究センター教授)
尾身 茂氏(左)、牧原 出(右)
 8月2日に、「専門家有志」という形で政府に提言を行った、新型コロナウイルス感染症対策分科会会長の尾身茂先生に、牧原出東京大学先端科学技術研究センター教授が真意を聞く。
(『中央公論』2022年10月号より抜粋)
  1. 専門家有志の提言の背景
  2. リスクコミュニケーションの課題

専門家有志の提言の背景

牧原 8月2日、尾身先生たち専門家有志が、新型コロナウイルス感染症第7波以降の流行に備えて検討すべき事項を提言されました。ねらいを教えてください。


尾身 記者会見では、「感染拡大を招かない一人一人の主体的行動」と、「オミクロン株の特徴に合わせた柔軟かつ効率的な保健医療体制への移行」について、緊急に政府に検討していただくよう呼びかけました。すでに第7波は急速に拡大しており、地域の医療や保健所は逼迫しているという声が現場からひっきりなしに届いていたからです。

 我々専門家としては、そのような状況のもと、感染拡大を少しでも抑えつつ、医療の逼迫度合いを下げるという二つのことを同時にやる必要がありました。前者はもちろん大切ですが、後者が喫緊の課題だというのが我々の問題意識です。急にコロナ病床のベッド数を2倍、3倍にすることはできないので、せめて現場の負担を減らさなければならない。

 新型コロナについての情報も蓄積され、ワクチン接種率も上がったなかで、当初から行ってきた厳格な対応と、現在のオミクロン株に対してとるべき対応にギャップが出てきた。医療や保健所に過大な負荷がかからないよう、対応を現状に即したものに変える必要がありました。

 一方で政府は、多くの市民に社会経済を早く通常に戻して活発化させたいという強い要望があるため、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置で行動制限をしないと早くから決めていました。そういう政府の方針を、コロナ対策を緩めてもいいんだ、と受け止めてしまった人が一定数いたのではないかと思います。そこで、我々としては、国が行動制限をしないと選択した以上、一般の人たちが今まで以上に基本的な対策を徹底することが必要だと考えました。それで「『感染拡大抑制の取り組み』と『柔軟かつ効率的な保健医療体制への移行』についての提言」というタイトルになったわけです。


牧原 あのタイミングで「有志による提言」という形をとったのはなぜですか。


尾身 我々は、医療現場の人が感じている切迫感を考え、メッセージを出すなら、どんなに遅くとも8月1日か2日だと思っていました。つまり、お盆前にメッセージを出さないと遅すぎる。しかし、なかなか場がない。厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードがありますが、ここは「感染リスク評価」をするところです。今回のような、人々の行動にも関係し、医療界だけでなく社会全体に影響がある提言を議論するのは、社会・経済の専門家もメンバーに入っている新型コロナウイルス感染症対策分科会がふさわしいとずっと思っていましたが、機会がないので有志での提言になりました。


牧原 記者会見を拝見しましたが、尾身先生は中長期的にその提言内容の実現を目指そう、というトーンで語っていたのに対し、新聞報道等では、専門家は今日明日にもその方向に変えてほしいと訴えているかのような書き振りが目立ちました。実際にはどうお考えなのでしょうか。


尾身 そもそも第7波以前の4月27日の分科会提言で、我々は、行動制限と医療体制の在り方の二つを軸とし、これからの対応として四つの選択肢を示しました。多くの分科会メンバーの意見は、準備期間を置いたうえで四つの選択肢のうちの「法令による制限なしで社会経済活動を維持し、入院が不要なら一般の医療機関や在宅で診療する」に移行すべきだというものでした。本来なら、これを分科会で継続議論し、中身をもっと深めるべきだったと思うのです。


牧原 確かにその議論はもっと前からていねいに行うべきでした。


尾身 その時点では、そんな大事なことを1回の分科会で決めることはありえないので、2、3回に分けて、医療界だけでなく、全国知事会や経済界の人に参加してもらってじっくり議論すれば、ウィズコロナの大きな筋道ができると思っていました。ところがオミクロン株のBA.5が急に感染拡大して、中長期的な方向性をじっくり話し合う雰囲気ではなくなり、現実の切迫した状況に応じた対策を提案する必要が出てきました。そのなかで我々専門家が思ったのは、医療現場の逼迫が切実であり、従来のような厳格な感染対策上の縛りが過剰な負担となって医療現場を苦しめているから、早急に変えないといけないということでした。

 そこで、8月2日の提言で我々は、感染症法の改正等をせずに運用ですぐにできるものを「ステップ1」、法改正が必要なものを「ステップ2」に分けました。

 医療機関では、現在はマスク・手袋・帽子・ガウンといったフル装備を必須として、病棟単位のゾーニングを行っていますが、今回の提言では、日常診療ではサージカルマスク、リスクの高い場面ではN95マスクの装着を原則とし、病室単位のゾーニングを基本にする。これには感染症法の改正は必要ありません。現行法の運用でできるんです。実際にこの1年半、日本社会は法改正なしに弾力的な法の運用で動いています。つまり、新型コロナは、感染症法上での分類では、患者に対し入院勧告などの強い措置がとれる「2類相当」ですが、現在では、自宅療養、ホテル療養が行われているなど、もう厳格な2類ではないんです。


牧原 尾身先生のイメージでは、この提言をすぐに政府が受け入れて検討作業に入れば、お盆前にはステップ1へ移れると考えていたんですね。


尾身 議論をもっと早い時期に深めておけば、お盆前にはステップ1へ移れたかもしれません。我々が提言したのは、感染対策を緩めることではなく、必要な基本的感染対策を継続しながら、医療機関などの負荷を2段階で軽減することです。要するに、メリハリをつけようということです。また、感染者の全数把握にしても、高齢者や重症度の高い人は続ける必要があるとし、すぐにやめるべきだとは言っていません。

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