尾身茂コロナ分科会会長インタビュー 「提言はお盆前に出さなければいけなかった」
リスクコミュニケーションの課題
牧原 メディアの反応を見ると、すぐに2類相当から5類へ移行すべきという提言だと捉えている向きがありました。全数把握についても尾身先生はすぐにやめるべきだとは言っていないのに、島根県の丸山達也知事は記者会見で、全数把握をやめるのは無理だと反論しました。尾身先生の伝えたいことがうまく伝わっていないのではないでしょうか。
尾身 これはリスクコミュニケーションの課題ですね。私どもは感染状況の把握についても、2段階のステップを踏むべきだと提案しています。これまでも知事会の代表の方、地域の保健医療界の方々と議論を行い、感染状況などは地域によって異なるので、当然対応の仕方も全国一律というわけにはいかないという認識を共有していました。だからこの提言でも、実施にあたっては、地域の実情に合わせて行うことの重要性を数ヵ所で強調しています。
今回の提言は、経済人など、いろいろな立場の人が参加して、3週間以上議論し、コンセンサスを得て行っています。提言の内容は、8月2日の記者会見でかなり詳しく説明しました。また、アドバイザリーボードのサイトにも載せて公開しています。しかし、これまでもしばしばあったように、提言内容全体がうまく伝わっていなかったのだと思います。
牧原 ただ、今回提言を行ったのは、専門家有志であって分科会ではない。そうすると、政府はあまり乗り気ではないのでは、という想像が働いてしまいます。政府は分科会を開いてこの件を議論するつもりはないのでしょうか。
尾身 我々は、頻繁に政府と非公式な意見交換をしています。ところが今回、政府には、我々の提言についてなるべく早く分科会で議論しようという考えはないように感じました。結局のところ、我々専門家の役割はさまざまなテーマに関し提言することで、最終的に専門家の案や考えを採用するかどうかは国が決めることなんです。
牧原 なるほど。だからこそ、専門家として伝えたいことはきちんと情報発信しなければいけない、ということでしょうか。
尾身 そうです。2類相当から5類へという件にしても、政府はやらなければいけないとは言っていますし、我々の意図が伝わっていないわけではないと思うんです。記者会見の前に内容は厚労省や内閣府に伝えていますから、それが官邸にも伝わっているのではないかと推察しています。
牧原 そうでしょうね。
尾身 もちろん我々は、政府を困らせたいと思ってやっているわけではありません。このような重大な問題について、医療界のみでなく経済界なども含めて意見交換することが求められています。分科会はそのために作られたんですから。(8月中旬取材)
(続きは『中央公論』2022年10月号で)
構成:里中高志
1949年東京都生まれ。78年自治医科大学卒業。医学博士。地域医療に従事した後、世界保健機関(WHO)へ。99年にWHO西太平洋地域事務局長に就任。地域医療機能推進機構(JCHO)理事長を経て、現在、結核予防会理事長。
【聞き手】
◆牧原 出〔まきはらいづる〕
1967年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業。博士(学術)。専門は行政学。『内閣政治と「大蔵省支配」』(サントリー学芸賞)、『崩れる政治を立て直す』など著書多数。