(『中央公論』2024年5月号より抜粋)
- はじめに――財閥の再評価
- 財閥・企業集団の断絶性と連続性
- おわりに――グローバル競争下の企業集団の役割
はじめに――財閥の再評価
「財閥」や「学閥」などに使われる「閥」という字は、出身や利害などを同じくするグループが徒党を組んで何かの力を背景にして全体を牛耳る際に使われ、基本的にはネガティブな意味を持つ。財閥は財力を背景にして、学閥は学歴を背景にして、社会全体を牛耳っているというわけである。
しかし、長年積み重ねられてきた日本の経営史学の研究は、通説とは違って、財閥が日本の社会発展に貢献したポジティブな存在であったことを明らかにした。財閥を再評価したのである。
一般的に言って、後発国が工業化を達成するためには、①限られた経営資源を特定の経済主体のもとに集中し、②その経済主体が集まった貴重な経営資源を適切な工業部門に投入する、という二つのプロセスが必要になる。このうち①のプロセスは、典型的には、特定の富裕な家族(ないし同族)のもとへの経営資源の集中という形をとる。問題はその先であり、該当する家族・同族が経営資源から生み出される果実を内部にとどめようと保守的な行動をとることによって、②のプロセスが実行されないことが多いのである。
これに対して、日本の場合には、財閥というシステムを通じて、家族・同族の影響力がある程度封じ込められ、専門経営者(salaried manager、雇われ経営者)に進出の機会が与えられたため、②のプロセスは、総じてスムーズに遂行された。日本の財閥は、政商から改革によって近代的な経営体に脱皮した、強烈な工業化志向を持っていた、そのために非財閥系企業よりも積極的に専門経営者を起用した、という3点において、他の後発国における多くの富裕な家族・同族とは異なる、稀有な存在だったのである。
(中略)