戦後の6大企業集団は戦前の財閥と何が違うのか
おわりに――グローバル競争下の企業集団の役割
日本において株式相互持合いが縮小し、企業集団の基本的機能が後退するプロセスは、企業間のグローバル競争が激化するプロセスでもあった。それでは、グローバル競争下で企業集団がはたす役割は、消滅してしまったのであろうか。ここでは、取引コストの削減、情報の交換、リスク・シェアリングなどの企業集団の付加的機能に注目すべきであろう。
日本の企業集団は、現在でも、取引コストの削減や情報の交換のために重要な役割をはたしている。ただし、グローバル競争下でとくに重要性を増した企業集団の付加的機能としては、リスク・シェアリングを挙げるべきであろう。
これに関しては、企業集団が、競争のグローバル化等にともない経営危機に陥ったメンバー企業を救済する役割をはたしたことに、注目すべきである。三菱化成と三菱油化の合併による三菱化学(現・三菱ケミカル)の発足、三井石油化学と三井東圧化学との合併による三井化学の発足、芙蓉(富士銀行)グループによる安田信託(現・みずほ信託銀行)の救済、三井グループによる三井建設(現・三井住友建設)等の救済などが、これに当たる。
グローバル化の進展にともない競争力強化をめざす場合に必要となるクリティカルマス(critical mass)の形成に、企業集団が関与したことも重要である。クリティカルマスとは、グローバル競争に成功裏に参戦するためには企業規模が相当大きくなければならないことを前提にして、その最低限の大きさを意味する言葉である。クリティカルマスを形成するためにしばしば採用される手段は企業統合であるが、このような企業統合は、共倒れを回避するという点で、広い意味でのリスク・シェアリングととらえることができる。
住友銀行とさくら銀行(三井銀行の後身)の統合による三井住友銀行の発足、日本興業銀行・富士銀行・第一勧業銀行の3行統合によるみずほ銀行の発足、東京三菱銀行とUFJ銀行(三和銀行の後身)との統合による三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)の発足は、グローバル競争を勝ち抜くためのクリティカルマス形成の典型的事例であった。このうち三井住友銀行の発足は、多くの三井系企業と住友系企業の経営統合と連動した。また、富士銀行と第一勧業銀行との統合は、例えば川崎製鉄と日本鋼管の統合によるJFEスチールの発足と深く関係していた。6大銀行の3大メガバンクへの統合という銀行業界の動きは、他の業界におけるクリティカルマス形成へとつながったのである。
これらの企業統合には、個別企業の論理を超えた企業集団の論理も作用したと言える。その際、注目すべき点は、一連の企業統合が6大企業集団から3大企業集団への再編と連動していたことである。そもそも、メンバー企業がグローバル競争で生き残るためのクリティカルマスを形成するうえで、従来の6大企業集団の枠組みは適切なものとは言えなくなっていた。なぜなら、6大企業集団が競い合うという枠組みは、日本の各業界に過多過小な企業を「温存」させ、ひいては、それらの企業の共倒れをもたらしかねなかったからである。グローバル競争下でクリティカルマス形成の必要性が高まるにつれ、6大企業集団が3大企業集団に変容したことは、企業集団に求められる役割の変化に対応したものだったと言える。
たしかに、株式相互持合いの解消により、企業集団の基本的機能は後退した。しかし、リスク・シェアリングを中心とする企業集団の付加的機能は、グローバル競争下で新しい役割をはたしているのである。
(中略部分は『中央公論』2024年5月号で)
1951年和歌山県生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門は日本経営史、エネルギー産業論。東京大学教授、一橋大学教授、東京理科大学教授などを経て現職。東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授。『日本の企業集団』『日本のエネルギー問題』『イノベーションの歴史』など著書多数。