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演出家が必要だった岸田政権

竹中治堅(政策研究大学院大学教授)

演出の不在

「強い官邸」のパラドクスがあるのであれば、政策が実現しつつあることを理解してもらうためには工夫が必要である。

 そもそも首相自身が国民に政策を説明する発信に努めたとは言い難い。

 岸田首相の言葉で印象に残っているものは何であろうか。最も広まったのは「聞く力」ではないか。この言葉は首相の姿勢を象徴するが、政策を説明するわけではない。次に「新しい資本主義」はどうか。「新しい」という言葉は首相自身の発案であるという(『日経速報ニュースアーカイブ』22年6月12日)。しかし、この単語は具体性に欠けている。

 そこで何らかの演出が必要であった。その際、小泉首相や安倍首相の手法は参考になる。小泉政権では竹中平蔵経済財政担当大臣が、重要政策について小泉首相が最終判断を下していることが国民に伝わるように演出した。安倍政権では、今井尚哉(たかや)総理秘書官が重要な役割を果たし、一つの時期に進める政策の数を絞った。同時に数多くの重要政策に取り組むと世論の関心が分散し、政権の政策立案に十分な理解を得られなくなることを恐れたためである。

 岸田政権は竹中大臣や今井秘書官のような演出家を欠いていた。そのため、首相の判断がわかりやすく伝わることが少なくなる一方、重要な政治的イベントや政策決定がしばしば同時期に行われることになった。

 例えば、22年5月から6月の期間に経済安全保障推進法成立、クワッド4ヵ国首脳会合東京開催、アナログ規制撤廃に関する閣議決定が重なった。「資産所得倍増プラン」という重要政策も、安全保障政策戦略や防衛費拡大に関心が高まりつつある22年11月に決定されている。だが、この決定は別の時期にスライドさせる余地はあった。


(中略)

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