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今の自衛隊で日本を守れるのか 安倍政権の安全保障戦略「司令塔」に聞く

髙見澤將林(笹川平和財団上席フェロー)
髙見澤將林氏
 戦後日本の平和を基礎づけてきたアジア太平洋地域の安全保障環境は、中国の大軍拡などで急速に悪化している。自衛隊は果たして現状で有事に対応できるのか。防衛省および官邸中枢で日本の防衛戦略の立案に長く携わった髙見澤將林氏に、日本防衛の現状と仮想敵国への対処能力などを聞いた。
(『中央公論』2025年8月号より抜粋)

自衛隊は中国に勝てるのか

――故安倍総理は、2018年の防衛大綱策定の準備過程で、自衛隊最高幹部らに「君たち、中国に勝てるのか」と単刀直入に聞いたといいます。いま、その質問に答えるとしたら、どんな返答になるでしょうか。


 難しいですね。この時に交わされたやり取りについては、私自身は当時海外勤務でしたので、直接は承知していませんが、安倍総理らしい質問だと思います。

 この問いに答えるには、各国の戦略や軍事体制、政治指導者の思考や意思決定過程を幅広く分析することが必須です。相当難しいことですが、中国や米国、さらに日本について思い込みや願望を排して客観視することが重要です。私はこれを「客中・客米・客日」と言っていました。

 その意味で私が注目したのは、防衛三文書を閣議決定した際の岸田総理の記者会見です。各種の事態を想定して相手の能力や新しい戦い方を踏まえた上で、現在の自衛隊の能力でわが国に対する脅威を抑止できるのかという点について、「極めて現実的なシミュレーションを行いました。率直に申し上げて、現状は十分ではありません」と述べています。その上で、必要な能力として反撃能力の保有、宇宙・サイバー・電磁波など新領域への対応、南西地域の防衛体制強化という三つの具体例を挙げました。私はこれが質問への回答になるだろうと思います。


――現状の厳しさを認めた上で、どんな対抗策があるのでしょうか。


 シミュレーションの結果、有事の際に何が足りず、どんな機能に問題があるのかが浮き彫りになったはずです。その結論は、中国に侵略を思いとどまらせるための考え方として防衛三文書に書き込んでありますので、その実装化を急ぐしかありません。特にサイバー攻撃や認知戦、情報戦といった武力侵攻以前のグレーゾーン領域では、すでに中国の様々な侵略準備的な行動が蓄積されているわけですから、それを何とか押し返す態勢を作ることが急務です。サイバー安全保障能力強化法の早期具体化に注力すべきです。

 現場レベルで言えば、海上保安庁と海上自衛隊の協力を強化し、運用可能な船の数を確保して、隙間なく対応する必要があります。

 さらに経済安全保障も重要で、技術を守るだけではなく、レアアースなどの戦略資源の確保を図るとともに、中国の技術動向や関心の方向について、常に把握できるようにデータベースを構築する必要があります。

 同時に留意すべきことは、首脳を含む多層的なレベルにおける会談の定例化など、日中相互の戦略的意図に関する意思疎通の制度化を図ることです。日中二国間だけでなく、日中が参加する多国間の枠組みをフルに活用するとともに、同盟国・同志国間で対中政策について継続的にすりあわせていくことが必要です。日本の総合的な国力を結集しつつ、同盟国・同志国との連携で安定化を図ることが戦略の基本になります。


――ロシアや北朝鮮にはどう対応すべきでしょうか。


 ロシアの優先度が欧州におかれていることや、北朝鮮の国力が限られており、韓国や在韓米軍の存在が抑止に重要な役割を果たしていることに留意すべきです。そのため、日本との関係に限れば、ロシアと北朝鮮が現状変更を追求する可能性は短期的には低いと考えます。こうした認識を前提とした上で、日本の役割を考えていくことが必要です。

 一方、中国は核戦力、通常戦力の急激な拡張を図り、巨大な経済力を背景に台湾や尖閣諸島周辺などで力による現状変更を図ろうとしています。日本としてまずはこれに対応できる体制の構築を優先すべきです。これができれば、中国、ロシア、北朝鮮が連携した動きを取ったとしても、日本には共通的に効果を発揮できる相当な対応能力が備わります。その上で、ロシアや北朝鮮に固有の施策を追加的に措置するとともに、G7の中での協力に加え、対ロシアでは、ウクライナやバルト三国・北欧、ポーランドなどの国々と、また北朝鮮については韓国との協力を深めていくことが大事です。


(『中央公論』8月号では、この他にも近年大転換した日本の安全保障戦略の中で注目すべきポイントや、日本のネックとなる継戦能力の現状と課題、米国アジア政策の不透明化への対応などを詳しく論じている。)

中央公論 2025年8月号
電子版
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髙見澤將林(笹川平和財団上席フェロー)
〔たかみざわのぶしげ〕
1955年長野県生まれ。東京大学法学部卒業後、78年に防衛庁(現・防衛省)入庁。防衛政策局長、防衛研究所長などを歴任し、2013年に内閣官房副長官補。14年から国家安全保障局次長、15年から内閣サイバーセキュリティセンター長を兼務。16年の退官後、20年までジュネーブ軍縮会議日本政府代表部大使を務める。
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