高騰の主因は資産価値への期待
しかし、住宅価格は単純に「家賃÷金利」で決まるわけではない。現実の市場では、家計は将来の値上がりを期待して行動する。「今は高いが、再開発でこの地域はもっと便利になる」と考えれば、高値でも購入を決断する。この「期待」が価格を押し上げる力は大きい。
詳しくは後述するが、筆者の分析によれば、金利が0.5%上昇すると住宅価格(家賃に対する倍率)は18%下がる一方、将来の値上がり期待が0.5%高まると逆に30%上昇する。期待の影響は金利の約1.6倍にも及ぶ。つまり、住宅価格を動かす力は金利よりも人々の期待のほうがはるかに強い。
ここで注目すべきは、「家賃」と「価格」が常に連動するわけではないという点である。長期のデータを見ると、価格が上昇したあと、数ヵ月から半年遅れて家賃が上がる傾向が繰り返し確認される。価格が将来を先取りして動き、家賃は実際の需給を通じて後から追いつく。つまり、価格は「期待を映す鏡」であり、家賃は「現実を映す鏡」なのだ。この二つの鏡のずれこそが、近年の「構造的高価格化」の特徴である。
この現象は、住宅を「耐久消費財」としてだけでなく、「投資資産」として持つことの意味を改めて浮かび上がらせる。住宅は居住の器であると同時に、その街の将来の再開発・インフラ整備や都市成長の可能性を内包する「オプション価値」を持つ。たとえば、老朽マンションが建て替えられ、高層化や複合化が進めば、同じ土地が全く異なる価値を帯びる。こうした将来の都市の成長の潜在的な可能性がある限り、家計や投資家は住宅を単なる現時点の家賃収益だけではなく、将来の機会を含めて評価する。ゆえに、金利がやや上がったとしても、都市の将来像への信認が揺らがない限り、価格は大きく下がらない。
要するに、住宅価格の背後には、先述の通り①金利という金融的な割引要因、②家賃という現実的な便益要因、③将来への期待という心理的かつ制度的要因、この三つが複雑に絡み合っている。これらの関係を理解しないまま「価格が高すぎる」とだけ論じても、問題の核心は見えてこない。重要なのは、どの要因を、どのように安定させるかである。それが、これからの住宅政策と都市政策の焦点となるだろう。
(『中央公論』2026年1月号では、この後もビッグデータを用いた東京住宅価格の構造分析や、住宅価格の高騰に対し金融政策での対処が不適当である理由、東京都内でもエリア・住宅品質別に価格再編が進む状況などを詳しく論じている。)
1967年岐阜県生まれ。博士(環境学)。一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科教授、都市空間・不動産解析研究センター長。麗澤大学学長補佐・国際総合研究機構長。ブリティッシュ・コロンビア大学客員教授。専門は不動産経済学、価格指数理論、ビッグデータ解析。著書に『日本の物価・資産価格』(共編著)などがある。