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渡辺佑基 鳥は飛びながら眠る――技術革新で明かされる動物の真の姿

渡辺佑基(国立極地研究所准教授)

シギの超短時間睡眠

 厳しい自然や他者との競合は、動物がろくに眠れない苛烈ともいえる状況を作り出すことがある。興味深い実例として、アメリカウズラシギというシギの仲間を紹介したい。

 アメリカウズラシギは毎年夏、アラスカなどの北極圏の水辺で雛を育て、それが終わると南米まで飛んで移動する。その移動距離は大変なものだが、もっと大変なのは繁殖期間中の雄かもしれない。

 この鳥はいわゆる一夫多妻制で、少数の強い雄が多数の雌とつがい、卵を産ませる。ということは当然、雄同士の争いと雄による雌への求愛行動が激しい。雄は縄張りを持ち、侵入してくる他の雄と争い、勝って追い返したり負けて逃げ出したりする。その合間に雌を見つけては近づき、求愛行動に勤しむ。

 そうした動物は他にもたくさんいるが、アメリカウズラシギが特別なのは、それを夏の北極圏で行うことである。24時間日が沈まないので、休戦の時間帯がない。少しでも休めば、途端に縄張りを侵され、ライバルに出し抜かれ、雌を奪われる。その状態が3週間にもわたって続く。まさに究極の求愛合戦だ。

 このとき、アメリカウズラシギの雄はどのくらい眠るのだろうか。そして、睡眠時間は求愛合戦の結果を左右するのだろうか。

 この疑問に答えるため、繁殖期間中のシギの雄に記録計を取り付け、脳波を計測して睡眠時間を調べる研究が行われた。これは、結果が気になる。

 求愛行動に勤しむシギの雄は、一日24時間のうち、21時間以上も起きて活動しており、睡眠時間は数時間しかなかった。しかも、まとまった睡眠ではなく、活動の合間にごく短い睡眠を細切れにとっていただけだった。

 シギの雄同士を比べると、睡眠時間が短く、縄張りの防衛や求愛行動に長い時間を充てた雄ほど、つがった雌の数、ひいては雌に産ませた卵の数が多かった。つまり、睡眠時間を削りに削り、体力の限界まで雌を追いかけ続けた個体が多くの子孫を残し、人生の勝者になっていた。なんと過酷な現実!

 人間を含む多くの動物では、睡眠が極端に短くなったり細切れになったりすると、脳を始めとする体の機能が損なわれる。活力がなくなり、注意力が失われ、記憶が曖昧になり、最悪の場合は死に至る。

 それなのにアメリカウズラシギの雄は、ろくすっぽ眠れない環境の中でよろしくやっていた。その理由はまだわからない。眠らないことが子孫繁栄に直結する場合、長い時間をかけて進化の淘汰圧がはたらき、遺伝的に睡眠不足に強い種が生まれるのかもしれない。

 でも一人の男として、私は生まれ変わってもアメリカウズラシギにだけはなりたくないと心から思う。

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