自分の頭で考えるようになる
松尾 やはり先のADFで聞いた話ですが、シンガポール国立大学は、「行き着くところはパーソナライズド・エデュケーションだ」と明確に打ち出しています。要するに生成系AIを使って個々の学生の能力や興味・関心に合った教育を提供すると。その実現に向けて、戦略的に取り組んでいるそうです。
坂村 確かに生成系AIをうまく使えば、それも可能になるでしょう。僕らがこういう話をすると、それは工学部など理系だからであって、文系は......と言われることがよくあるんですが、そんなことはありません。生成系AIの特徴は、会話型でいろいろできること。生成系AIのベースは「ラージ・ランゲージ・モデル(LLM)」、ランゲージだから文系の学生でも使える。実際に今、INIADでは英語や哲学の授業でも生成系AIを使っています。
松尾 例えば、松尾研には、比較言語学のような研究を行っている学生もいます。ChatGPTは日本語も話せますが、もともとは英語でトレーニングしています。だから難しい質問をすると、英語で回答することもある。つまり基本は英語の頭なんです。そこからいろいろな言語を学習したわけですが、プロセスを調べると、その言語と英語との距離感がわかる。近い言語のほうが、過去に得た知識を応用する「転移学習」がしやすいですからね。今までの言語学とはまったく違う方向からの研究なので、メチャクチャ面白いですよ。
坂村 「転移学習」はすごく重要です。結局、LLMのなかで入力データがどう処理されていい回答につながるのか、よくわからない部分が多い。しかし文法や単語を覚えてルールで翻訳するのではなく、莫大な知識の塊から連想していることはわかっている。しかも学問のジャンルを問わずに連想している。だから学習データが多いほど、回答の精度が上がるわけです。
これは人間の脳の働きと同じですよね。大学教育ではリベラル・アーツ、いわゆる教養が大事だと言われています。その知識の塊が、どの学問分野に進むにしろ、素地となりヒントやアイデアを提供してくれるから。だから「教養は多いほどいい」と、いつも学生には言っています。
「生成系AIを使うと自分の頭で考えなくなるのでは?」という懸念を聞くことがあるけれど、それは使う側の問題で、むしろ使ったほうがはるかに自分の頭で考えるようになるし、頭が研ぎ澄まされてくるんですよ。弁証法的に対話を何度も繰り返すことで、より高い次元の考えにたどり着けるから。
考えてみれば、我々はこれまでもいろいろな先生や先輩や友人との対話を通じて、自分の認識を改めたりアイデアを取り込んだりして成長してきました。その相手役を、生成系AIも担えるようになったということなんですね。
松尾 しかも生成系AIなら瞬時に回答をくれるし、24時間いつでも対応してくれる。生身の人間ではこうはいきません。(笑)
坂村 だから〝バディ〟というか、相棒みたいな感じですね。最近の学生はよく友人ができないことを悩んだりしているけれど、全然気にする必要はない。生成系AIがいるじゃないかと。(笑)
(続きは『中央公論』2024年3月号で)
構成:島田栄昭 撮影:米田育広
1951年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修了。工学博士。組み込みコンピュータ世界標準の「TRON」を構築。東京大学名誉教授。紫綬褒章、日本学士院賞、国際電気通信連合(ITU)150周年記念賞、IEEE テクノロジー賞など。『ユビキタスとは何か』『DXとは何か』など著書多数。
◆松尾 豊〔まつおゆたか〕
1975年香川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科電子情報工学博士課程修了。博士(工学)。産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員などを経て現職。AI研究の第一人者。AI戦略会議座長。著書に『人工知能は人間を超えるか』などがある。