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「富岳」の正体① 富岳のAI処理能力でGAFAも追い越せる

松岡 聡×聞き手:小林雅一

量子コンピュータとスパコンの関係

─近年、グーグルをはじめ巨大IT企業が量子コンピュータの開発に注力しています。スパコンの次は量子コンピュータという意見もありますが、実際どうなのでしょうか。

 量子コンピュータはその特性上、いろんな限界を抱えています。原理的に一番の限界は、途中経過は複数持てるのですが、最終結果が一個しか出せないこと。たとえば台風の進路をシミュレーションで予想する場合、(日本列島に近づいてから遠方に消え去るまで)途中の結果が全部大事であるはずですが、量子コンピュータは計算できても出力できない。あくまで一個の最終結果しか出せないのです。

 もう一つは、いわゆる「量子加速(quantum speedup)」に関する問題。量子アルゴリズムを使うと、普通のコンピュータがどう頑張っても追いつけないスピードに到達できます。これが量子加速と呼ばれる現象ですが、それを実現できるアルゴリズムの数は限られているし、そういうアルゴリズムを作るのは大変難しい。

 だから「今のスパコンを量子コンピュータに置き換えよう」というより、「当面作れる量子コンピュータが得意な問題を探し当て、それをやらせよう」という方向にもっていく必要があります。また仮に量子加速が有効なアプリケーションでも、一つのプログラムの中に量子加速ができる部分とできない部分があり、後者を量子コンピュータに任せるとむしろ遅くなってしまう。そこはスパコンに任せたほうが速いので、きめ細かく使い分けていくことが大切です。

─最後に皆さんにお伝えすべきことはありますか。

 富岳プロジェクトに際してアポロ計画に関する書物をいろいろ読んだのですが、危機管理をはじめ非常に参考になりました。スパコンも宇宙開発も、最先端の開発はやはり国が関与しないとできません。政府と民間企業が一緒になって、民間の一事業者だけでは作れないような最先端技術を国をあげて作っていくのが大事です。また継続する必要があります。欧州はスパコンのハード開発から一時撤退して、現在再興しようとして頑張っていますが、大変苦労しています。一旦捨ててしまうと取り戻すのは数年では済まないですし、復活のコストは大変高くなります。

 そうした継続性という点で、「富岳」の次に向けた研究を、われわれは既に開始しています。今まで以上にいろいろな産業で使ってもらえるスパコンを開発し、日本のITや最先端技術のリーダーシップをとっていきたいと考えています。

 


 このインタビュー記事は簡略版です。完全版は小林雅一著『「スパコン富岳」後の日本』(中公新書ラクレ)でご覧いただけます。

〔『中央公論』2020年11月号より抜粋〕

「スパコン富岳」後の日本

小林雅一

 世界一に輝いた国産スーパーコンピュータ「富岳」。新型コロナ対応で注目の的だが、真の実力は如何に? 「電子立国・日本」は復活するのか? 新技術はどんな未来社会をもたらすのか? 莫大な国費投入に見合う成果を出せるのか? 開発責任者や、最前線の研究者(創薬、がんゲノム医療、宇宙など)、注目AI企業などに取材を重ね、米中ハイテク覇権競争下における日本の戦略や、スパコンをしのぐ量子コンピュータ開発のゆくえを展望する。

松岡 聡×聞き手:小林雅一
◆松岡 聡〔まつおかさとし〕
理化学研究所 計算科学研究センター センター長。


【聞き手】
◆小林雅一〔こばやしまさかず〕
KDDI総合研究所 リサーチフェロー。
1963年群馬県生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科を修了後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などを経て現職。『AIの衝撃』『AIが人間を殺す日』など著書多数。
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