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「富岳」の正体⑧ 富岳は「巨額の予算をかけても結局、役に立たない」と言うあなたへ

小林雅一
「富岳」(提供◎理化学研究所)

 連載の最後の三回にわたって、最前線の研究者が富岳をどう活用するかを見てきたが、中でも当面、私たちにとって最も気になるのはコロナ対策だろう。この未曾有の危機に瀕し、人類の創造性と科学技術力が今まさに試されている。先進の半導体テクノロジーや情報工学など現代科学の粋を尽くしたスパコン富岳は、その船出早々、本領発揮が望まれるところだ。

 しかし、それはまたいつになく厳しいテストでもある。平時であれば、おそらく世界スパコン・ランキングで1位を獲れただけでも世間から「合格」のサインをもらえただろう。

 ところがコロナのような多くの人命を奪い、社会・経済を麻痺させるという「今、目の前にある脅威」を前に、「そんなに凄いコンピュータなら、今すぐこの問題を解決して私たちを助けてくれ」というのが人々の本音ではなかろうか。もしも富岳がそれを解決する目立った処方箋を提示できなかったとしたら、「巨額の予算をかけても結局、役に立たないではないか」という失望を招いてしまう恐れもある。

 しかし仮にそうだとすれば、私たちのほうでも「富岳のようなスパコンに何ができて、何ができないか」をきちんと弁(わきま)えておく必要があるだろう。

 確かに奥野教授のインタビューからは、富岳でシミュレーションすれば短期間にコロナ治療薬の候補が見つかり、すぐにでも臨床試験に入れることがわかった。ただ、その先にある製品化に向けては、製薬会社の経営判断やそれを取り巻く社会情勢なども絡んでくる。いくら並み外れた計算能力を誇る富岳といえども、そこまではいかんともしがたい。

 また、長期的な視点に立った評価も必要だろう。今回のインタビューを通じて、「がんゲノム医療」や「シミュレーション天文学」など先端科学に富岳がどう貢献するかを見てきた。これらはいずれも、今すぐの成果を期待するのではなく、むしろ十分な時間をかけて取り組むべき重要なテーマだ。

 こうした科学のブレークスルーはランダムに起き、ある時思いがけない分野で誰も予想もしなかったような急劇な発達を遂げる。それを縁の下で支えるのが富岳に代表されるスパコンであり、いつか次のパンデミックのような危機が訪れた時には、そこで培われた科学的成果が人類を助けてくれるかもしれない―そういう長い目で見守っていく姿勢が、私たちには求められているだろう。

 最後になるが、今回の連載「富岳の正体」では、富岳の開発者、スパコンの国際ランキング創始者、注目のAI企業、科学界の最前線で活躍する研究者らへのインタビューの簡易版を掲載した。完全版の記事は拙著『「スパコン富岳」後の日本』(中公新書ラクレ)に掲載したのでご参照いただきたい。なお、同書ではこの連載ではあまり触れられなかった、1980年代の「ハイテク・ジャパン」や「電子立国」から富岳開発に至る系譜、米中のハイテク覇権争い、ネクスト・ステージ=量子コンピュータ開発状況などについても詳述している。

 

「スパコン富岳」後の日本

小林雅一

 世界一に輝いた国産スーパーコンピュータ「富岳」。新型コロナ対応で注目の的だが、真の実力は如何に? 「電子立国・日本」は復活するのか? 新技術はどんな未来社会をもたらすのか? 莫大な国費投入に見合う成果を出せるのか? 開発責任者や、最前線の研究者(創薬、がんゲノム医療、宇宙など)、注目AI企業などに取材を重ね、米中ハイテク覇権競争下における日本の戦略や、スパコンをしのぐ量子コンピュータ開発のゆくえを展望する。

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小林雅一
〔こばやしまさかず〕
KDDI総合研究所 リサーチフェロー。
1963年群馬県生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院理学系研究科を修了後、東芝、日経BPなどを経てボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などを経て現職。『AIの衝撃』『AIが人間を殺す日』など著書多数。