清水亮「AIの世界で日本は戦えていますか?」と問われて。最大のチャンスを逸した我々は「竹槍で世界に挑んだ」歴史を笑うことなどできるだろうか
最大のチャンスを逸した日本
翻って我が国、日本。
日本は一つの国の中で、スタートアップを中心としたオープンソース陣営と、いわゆるJTCと呼ばれるような重厚長大型企業によるクローズドソース陣営にがっつりと分かれている。
ただ残念ながら、そもそも世界的にみると、日本の国産AIはものの数に入っていない。全世界から無視されているにも近しい状態である。
そこまで一気に捲し立てて、ウイスキーのソーダ割りをぐいっとあおった。この街ではウイスキーに炭酸水を注いだものを「ハイボール」と呼んでいるが、実際にはただのソーダ割りである。
「そんな状態なんですか」
彼は目を丸くした。無理も無い。
日本で普通に生活していると、ChatGPTが一強で、そのほかのものは存在しないに等しいものに見える。しかし世界では中国の勢いが凄まじく、日本のテック業界の先端に立つスタートアップすらその勢いにまったくついていけてはいない。大企業はいわずもがなだ。
「原因はなんですか?」
彼が突っ込んで聞いてくるのは珍しい。まだ酔いが回ってないのだろう。
「そりゃ、政府のAI戦略の失策だよ」
2016年頃、我が国の政府はかなり踏み込んだAI戦略を立てた。著作権法の一部改正、AIリテラシー教育を全大学全学科に導入し、補正予算によるAI橋渡しクラウド(ABCI)の建設といったことが矢継ぎ早に決まった。
この時点で、ここまでの戦略を組み立てたのは世界的にも日本だけだった。
特にABCIとして事実上のAIスーパーコンピュータを政府が管理し、民間に解放するという政策は画期的なものだった。海外のAIクラウドの半額程度の価格でAI研究に使うことができたから、設備投資に"及び腰"だった日本企業も大いに活用した。「AIの世界に日本あり」を示す、最大のチャンスだったと言える。
ところが、それからの気の緩みが致命的となった。ほんの一昨年前、政府はABCIへの投資を減速。理由はいろいろあったと思うが、筆者からすれば「油断」としか言いようがない。
ABCIが設備のアップデートを見送ったのと、2022年にStableDiffusionとChatGPTが登場して、全世界で「生成AIブーム」が起きたタイミングがしっかりと一致してしまったのだ。
これが決定的なビハインドとなり、我が国には生成AIを開発する上で必須の最先端GPUが物理的にほとんど存在しなくなってしまった。
2023年になって慌てて岸田文雄首相が「生成AIを推進する」と言った頃には、その開発に必要となるGPUの納期は、すでに50週間とも70週間とも言われる状況になっていた。もしも2022年初頭、当初の予定通り買っていれば問題なく手に入っていたのに。
「その最先端のAI半導体・・・GPUでしたっけ、それってどのくらい必要なんですか?」
「必要って? たとえば?」
「たとえばChatGPTみたいなのを作ろうとしたら、どのくらい必要か、とか」
彼は神妙な顔をしてそう聞いた。
「ハッ!」
思わず鼻で笑ってしまった。
「わかりやすく言おう。ChatGPTを何基のGPUで作ったかは公開されていない。けれども確かなのは、その後ろ盾であるMicrosoftは少なくとも一昨年の時点で1万基以上は持っていたということ。去年の時点で15万基買ったとも言われているけれど、いずれにせよ、24年度には40万基を超えると見込まれている。ちなみに我らが日本政府謹製のABCIに、同じ世代のGPUが何基あると思う?」
「1万基くらい? 今もっと増やしてるところとか?」
「960基。今も。しかもスペックは一世代前のものだ」
「えっ」
「Metaも年内に35万基増設すると言ってる。Microsoftについては理解できる。世界中のAI用半導体、その半分くらいの需要を担っているから。しかも実際に、儲けが出ているわけだし。Googleは非公開にしているけど、GPUだけでなく自社開発のTPUというものまで作っている。だから当然ながら同じくらいの数、数十万基は持っているはずだ」
「それじゃ全然ダメじゃないですか」
「そう。全然ダメなんだよ」