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平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 モリノジョンヌ氏の令嬢、異人お鉄の場合

第五回 モリノジョンヌ氏の令嬢、異人お鉄の場合
平山亜佐子
柳北小学校。「教育双六/生徒勉強 東京小学校教授雙録」(国立教育政策研究所 教育図書館)を加工して作成
明治から戦前までの新聞や雑誌記事を史料として、『問題の女 本荘幽蘭伝』『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』など話題作を発表してきた平山亜佐子さんの、次なるテーマは「男装」。主に新聞で報じられた事件の主人公である男装者を紹介し、自分らしく生きた先人たちに光を当てる。

 明治から昭和初期にかけて新聞や雑誌に掲載された男装に関する記事を取り上げ、それぞれの事情や背景を想像する「断髪とパンツ」。
 まずは、1889(明治22)年10月11日付読売新聞「変成男子」と題する記事を見て欲しい(旧かな旧漢字は新かな新漢字に直し、総ルビを間引き、句読点や「」を適宜付けた)。

男装のフランス語教師

 たれが雌雄を知らんやという鳥越町に住む仏国人モリノジョンヌ氏の令嬢(十九年)は、天質美麗なるうえ髪の毛黒きゆえ散髪となりて常に自国の男服を着け毎日車にて向柳原町辺の或学校へ語学の教授に通わるるを、誠の男と見て思い染めたるは同町何某〈なにがし〉の長女(十八年)にて、外国人なれど世に稀なる美男子、斯〈か〉かる人に添うてこそ東洋婦女子の面目なれと、学問も手につかず男服令嬢の車の通るたび表へ走〈は〉せ出で轍の塵の跡を眺めつめ、母に「コレ娘、如何〈どう〉したものだ」と背を叩かれるトタンに扇を落すという紋切形となりしに、両親〈ふたおや〉も娘一人を思死〈おもいじに〉にさせるより資財を尽して外国人の妻女となさん、とよくよく聞合せて見ると女との事に両親は安心、娘は失望。併〈しか〉し文明開化の教〈おしえ〉を受けたほどあって思い切り薔薇の簪〈かんざし〉で束髪をいじりながら今度はよく男か女かを見て惚れようヤ。

 うら若き女性が熱を上げたフランス人男性が実は男装の女性だったという話だが、いろいろと謎が残る。
 モリノジョンヌ氏の令嬢が教えている向柳原町辺の或学校とはどこなのだろう。
 この辺りには柳北女子尋常小学校がある。1876(明治9)年という早い時期に第五中学区第十四番公立小学校として創立されており、2001(平成13)年に閉校となるまで125年続いた学校で、関東大震災以降に建てた校舎の一部が今も残っている。しかし、区立の小学校でフランス語の授業があったとは考えづらい。
 フランス語を教える私塾があったかどうか見てみると浅草区には玫瑰〈まいかい〉学校(浅草区向柳原町1丁目18番地)と鶴明学舎(浅草区猿若町2丁目1番地)がある。
 前者は1877(明治10)年に本多善右衛門によって創立され、1882(明治15)年には生徒の定員50名、フランス人教員1名(アルハベト)とのこと。
 後者は1889(明治22)年に中西幹夫により創立、本課の生徒は男子40名、女子20名、別課の女生徒30名、教員8名の大所帯で、フランス語のみならず修身、和漢文、ドイツ語、ラテン語、数学、簿記、産婆学まで教える異色の学校である。但し、この頃の教員は日本人のみのようだし、距離的にも遠く「向柳原町辺」とは言えない。

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