男性社会や権威をおちょくる恰好の機会
いかにも「雑報」欄らしい笑えるドタバタ事件である。
主人公の鈴木屋小竹は有名な新橋芸者で、破天荒なエピソードに事欠かなかった人物。
記事には警視総監の前で警八令(警視庁令第八条。内容は風俗壊乱の取締り)について一席ぶったり、「天狗煙草」で成功を収めた実業家で後に代議士となった岩谷松平を驚かせたりしたとあるが、ほかにも、名だたる政治家が居並ぶ座敷で面罵し「口から先に生れたり」と評される人物を黙らせたり(「老妓小竹、東京の三弁士を閉口せしむ」)、嘗ての旦那が零落している姿を街で見かけて「今は外出中でお金を持っていないけどあなたからもらった物を返します」と相手の腹掛けの中に指輪を入れた(しかも、その人からもらった物ではないというオマケ付き)挿話も伝わっている(『寫眞畫報 15』)。
気風の良さと義侠心を兼ね備えた女性である。
そんな型破りな小竹が、花見に行くとなれば通り一遍ではおさまらない。実はこの花見、桜にかこつけて馬鹿騒ぎができるとあって、高歌放吟、喧嘩騒ぎ、川への落下、脱糞など、新聞沙汰になる迷惑行為の枚挙にいとまがないイベント。仮装もポピュラーだった。
そんなてんやわんやの中で目立とうというのだから、小竹が男装に走るのもむべなるかな。
おかしいのは、小竹が男性の女装や女性の男装を禁じる、この連載でお馴染みの違式詿違条例のことをちっとも怖がっていないこと。バレたところで訓戒か罰金で済むとタカをくくる辺りはさすが、肝が据わっている。小竹の男装はただの仮装というよりも、お上へのある種の反抗であり、同時に普段は尽くす相手である馴染み客に対して同等になれる痛快さもあったようで、いずれにしても男性社会や権威をおちょくる恰好の機会だったといえよう。
というわけで、小竹は男髷の上に黒の山高帽子をかぶり、着物に五所紋の羽織、眉を太く描いて、馴染み客と男性同士のように「君僕」で会話をして巻煙草を吸っていたところ、髪型や体つきから違和感をおぼえた人たちの間で島津公爵ではないかと噂になった。
「今の世に男髷とは珍しい変人」と言われているところに注目したい。1896(明治29)年の東京小金井では老人ならいざ知らず、散切り頭の方が自然だということがわかる。
歩いているうちに暑くなって帽子をとったところ、酔っぱらった職人に「ぶつかりおじさん」のように体当たりされ、思わず「アレー」と声を出したために女性だとわかって「尻を叩くやら脇をくすぐるやら」のセクハラ三昧。慌てて茶屋に逃げ込んだら、ここでも島津公が花見に来ている噂がまわっていて、お酒を飲んで帰ろうとしたら「島津様のお立ち~」と叫ばれてしまった。