入試改革を考えるには、欧米各国の事例を知ることも参考になるだろう。そこで、イギリスのオックスフォード大学で教鞭をとる苅谷氏と、フランスのINSEE(国立統計経済研究所)とOECDパリ本部勤務経験のある橘木氏の二人による対談を二回に分けてお届けする。今回は前編。
なお、この対談は昨冬の入試大混乱の直後に行われたものの再録になるが、二人の直近の大学論は、苅谷剛彦著『コロナ後の教育へ――オックスフォードからの提唱』、ならびに橘木俊詔著『大学はどこまで「公平」であるべきか――一発試験依存の罪』(ともに中公新書ラクレ)をご参照いただきたい。
イギリスのAレベル試験、フランスのバカロレア
――まず今回の改革騒動の中心であるセンター試験について、フランスのバカロレア試験、イギリスのAレベル試験(GCE=大学入学資格試験)と比較したとき、日本が学ぶべきは何でしょうか。フランスのバカロレアの「哲学」の記述試験は、よく話題にのぼりますね。
橘木 バカロレアというのは、フランスでの高校の卒業資格と大学への入学資格の取得を兼ねた資格試験です。フランスでは日本と違って個々の大学の入学試験はないので、バカロレアを取得すれば、どこの大学でも入学できます。例年、受験生の八割くらいが合格しています。
バカロレアにはおっしゃるとおり哲学の論述問題があって、数日間かけて行われる日程の初日の一科目めが哲学の試験です。たとえば二〇一九年の文系の問題は、次の三問のうちから一問を選んで論述せよ、というものでした。「①時間から逃れることは可能か? ②芸術作品を解釈する意味とは何か? ③ヘーゲル『法の哲学』の抜粋テキストを解説せよ」、これを高校三年生が四時間かけて解くわけです。
苅谷 どれもすごい問題ですね。
橘木 フランスはエリート主義が徹底している国でして、哲学や数学など論理・思考能力が重視され、それらに秀でた人がエリートとして認められますので、日本の高校ではほとんど授業で扱われない哲学が、フランスでは文系、理系にかかわらず必修科目です。ですからバカロレアで試験科目になるのは当然のことなんですね。
でも、こんな記述問題の回答をいったいどうやって採点するのか、と疑問に思いますよね。そこには、ある程度の質的な指標が設けられているようです。採点は、高校の先生が中心になって行われます。大学へ生徒を送る側の先生たちが、各科目のプロとして責任を持って採点するということです。ここは日本と違う点ですね。
苅谷 イギリスでは、大学入学者の選考は「ASレベル」と「Aレベル」と呼ばれる共通試験(全国共通・一斉ではない)の成績を基準に行われます。受験生は志望する大学の学科が要請する科目を受験し、大学はその成績を基準に選抜を行います。科目数はAレベルで四科目ほど、日本のセンター試験と比べて多くないのですが、出題の大半は記述式です。成績のつけ方は「Aスター、A、B、C、D、E、不合格」といった七段階での評価で、センター試験のように一点刻みの得点で示されるわけではありません。
ただ、そうするとオックスブリッジ(オックスフォードとケンブリッジ)のように優秀な学生を集める大学の場合、オールAがほとんど当たり前で、この共通試験の成績だけでは差がつきません。ですのでオックスブリッジでは別途、個別の面接試験が行われます。
橘木 そこは非常に重要な点です。フランスにもグランゼコールという名門のエリート養成校が複数ありますが、ここは独自の入学試験をするんですね。グランゼコールを志望する人はバカロレア取得後に、高校に付設されている二年間のグランゼコール準備学級で勉強してから入試に臨みます。準備学級も高校と同じく多くが公営ですから公営の予備校に通うようなもので、ここはユニークなところです。
イギリスでもフランスでも、オックスブリッジやグランゼコールといった名門エリート校では、トップクラスの学生の中からさらに独自に学生を選びたいという意識があって、そういうところでは共通試験と個別試験の二段階方式の選抜が行われているんですね。そしてこれは、日本の大学の一般入試と同じやり方です。