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〈デトロイトでは197歳の老人まで投票〉米大統領選のデマを近畿地方の田舎町から流し続けたX氏の正体とは

情報パンデミック――あなたを惑わすものの正体
読売新聞大阪本社社会部

情報の発信源は 

私たちは、匿名サイトに関する情報の分析に詳しい専門家の助言を得て、ネット空間に残る痕跡をたどることにした。

すると、この運営者と同一ではないかと推測される人物が過去に開設していた複数のサイトの存在が確認された。

いずれも運営者は匿名だったが、これらのサイト名などを手がかりに断片的な情報を集め、パズルのピースを一つずつ埋めていくような作業を続けた。その結果、ある会社の名前が浮上した。

私たちは、近畿地方の田舎町に向かった。小高い山々に囲まれ、辺りを見渡すと広々とした畑や駐車場などに沿って、大きな川が流れている。たどり着いたのは、町のほぼ中心部に位置し、幹線道路に面した建物だった。1階に中華料理店などが入居し、外階段から2階に上がると、いくつか貸事務所用の部屋が並んでいる。

その一室に、探していた会社はあった。事務所の入り口には、社名がステッカーで貼り出されていた。大統領選を巡る怪情報は、ここから発信されていたのか。

デマの発信源になったまとめサイトを運営する会社が入る建物。会社は2階手前に位置するが、ほとんど使われていなかった(写真提供:読売新聞大阪本社社会部 ※画像は一部修整しています)

インターホンはなく、ドアをノックした。全く反応はない。ガラス越しに少し内部が見えたが、電気は消えたままで人の気配もなかった。郵便受けからはチラシや封書があふれ、しばらく出入りがないようだ。1階の中華料理店の店員らに話を聞いたが、この会社の業務内容を知る人はいなかった。法人登記もされていない。

運営者を割り出して話を聞くという取材は、またも壁にぶつかった。それでも、周辺で聞き込みを続けたところ、代表の男性の名前や人物像がわかってきた。

男性の名前をX氏としておく。年齢は60歳。英語だけではなく、タガログ語も話し、かつてはフィリピン人女性をホステスとして斡旋する仕事をしていたという。

自身で競馬予想サイトを運営したり、地元の自営業者の宣伝サイト作成を請け負ったりもしていた。ある知人は「(X氏は)『ネットの商売で結構もうかっているんや』と話し、頻繁に海外旅行をしているようだった」と明かした。

しかし、何を本業にしているのか、どこを拠点にしているのか。私たちが取材した人は誰も知らなかった。

大統領選のデマを拡散させたサイトは、無料で誰でも閲覧できるが、企業などの広告が多く掲載されている。ネット広告は、閲覧数が伸びれば伸びるほど広告主から運営者に支払われる金額が増える仕組みになっている。

このサイトも、目的はやはり、カネなのか。 

さらに取材を進めると、複数の関係者の情報で、会社から5キロほど離れた場所にX氏の実家があり、月に1回程度、立ち寄るということがわかった。車で所在地に向かうと、そこは田畑の中にビニールハウスや民家が点在する集落だった。周辺にコンビニやスーパーは見当たらない。その一角にあるX氏の実家は2階建てで、築50年は超えているだろう木造民家だった。周辺の住民によると、高齢の親族が一人で暮らしているという。敷地には車が止められるスペースがあった。

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