政治・経済
国際
社会
科学
歴史
文化
ライフ
連載
中公新書
新書ラクレ
新書大賞

石田光規 最適化・リスク回避を目指す人間関係の行く末

石田光規(早稲田大学文学学術院教授)

努力しなければつながれない社会

 数ヵ月前、国立社会保障・人口問題研究所が定期的に実施している「出生動向基本調査」の結果が発表された。2021年に実施された同調査において、18歳から34歳の独身者に結婚の意向を尋ねた質問で「いずれ結婚するつもり」と答えたのは、男女ともに過去最低であった(男性81・4%、女性84・3%)。

 過去最低を記録したとはいえ、まだまだ8割を超えているのだからそれほど騒ぐことでもないと思っていたのだが、世間の受け止め方はそうではないようだ。同調査では、異性との交際経験がない、および、異性との交際を望まない男女の比率の高さにも注目が集まり、人との交際のあり方に懸念が表明された。若い人が恋愛や人づきあいへの関心を失いつつあるという懸念である。その背後には少子化に対する危惧もあったものの、本論考では、「人づきあいから撤退すること」に着目してゆく。

 長い歴史をひもとけば、私たちは、比較的に安定したつながりのなかで生活を営んできた。農業中心の社会であれば、大半の人は同じ地域に住む人と継続的に関係を育んでいた。第二次世界大戦後の企業社会でも、多くの人は集団的な会社と閉鎖的な家族のつながりに埋め込まれていた。

 この流れが変わったのが1990年代の半ばから後半である。バブル崩壊後の長期不況とともに、集団的な企業の体質の見直しが進められた。結婚については、これまで5%を下回っていた生涯未婚率(50歳時未婚率)が、男性は90年、女性は95年に5%を超えるようになり、急速な未婚化が進んだ。安定した家族と会社につなぎ留められる人生は、今やすっかり過去のものとなった。

 2000年代に入ると、日本社会の孤独・孤立の「問題」を伝える報道が増加した。05年9月には、NHKスペシャルで「ひとり 団地の一室で」という特集番組が放送された。この番組は、団地の一室で誰にも看取られず亡くなる「孤独死」に焦点を当てている。孤独死の特集番組は、日本社会における人間関係のあり方の分岐点を示すという意味でも画期的であった。

 結婚、会社という私たちを支えてきた強固な二つの縁が弱化するなか、人が多く住む団地のなかでひっそり亡くなる孤独死を扱った同番組は、つながりの調達が多くの人に降りかかる課題だと世の中に知らしめた。今や何もしないでいても、つながりに取り込まれる時代ではない。あるていど安定的で強固な関係を築くためには、誰かと友だち、または、恋人(配偶者)になることを求められる。

1  2  3  4  5