(『中央公論』2023年12月号より抜粋)
コロナという共通体験
――書店では、しばしば怪談と陰謀論の本は同じコーナーの棚に並べられています。吉田さんは実話怪談(不思議な体験をした人から取材をした体験談)、雨宮さんはオカルトや陰謀論をフィールドにそれぞれ執筆をされていますが、こうした現状や扱われ方をどう見ていますか。
雨宮 陰謀論がここ2~3年流行っているのは間違いないでしょう。その背景にはコロナという共通体験があると思います。陰謀論には物語のパターンがあります。コロナに関しては、政府がワクチン接種を推奨し始めて以降、「ワクチンに毒が入っている」、あるいは「ワクチンにはマイクロチップが入っていて、それが5Gの電波で操作されて思考が盗聴される」といった陰謀論に見られるように、よくある陰謀論のパターンに容易にコロナが組み込まれてしまった。突然、疫病が流行って世界中がパニックになる設定は、映画の世界にはよくありますよね。非現実なものが実際にやってきた衝撃から陰謀論にハマった人も多い。
私は反ワクチンデモを取材していますが、60歳を超えたお年寄りの方もたくさんいらっしゃって、みなさん楽しそうです。会話も弾んで飲み会へ行く仲間もできるわけですから。コロナによって、これまでバラバラだった世界が共通体験で結び付けられましたが、それは陰謀論の界隈でもつながりを生み出したわけです。
吉田 実話怪談も、コロナのもとでブームになったところがあります。巣ごもり需要があり、時を同じくして多様な動画配信プラットフォームが整備されだし、YouTubeも多くの人が新規参入しやすくなりました。そして配信をやってみようと思った人にとって、怪談は非常にとっつきやすくもあった。
たとえば演奏ならば楽器のスキルが必要ですけど、怪談はしゃべるもの。自分の部屋でスマホ一台あればできてしまう。コロナが流行りだした2020年からの3年間でものすごくプレーヤーが増えました。怪談は陰謀論と同じく"闇の文化"なので、世の中が悪くなると流行ります。私としては複雑な気持ちですが......。
――怪談の世界では、陰謀論のようにコロナとの直接的な関わりはなかったのでしょうか。
吉田 実話怪談は陰謀論ほどコロナとの関係はありません。世の中が暗くなったから怪談も流行ったという間接的なつながりと言えるでしょう。
雨宮 今、陰謀論にハマる人の情報源の多くはネットです。特にYou
Tubeなどでインフルエンサーが発信する動画を熱心に見ている人が増えた。かつての陰謀論にハマるルートとしては、世界情勢や歴史に興味を持って、書店の片隅にある落合信彦やベンジャミン・フルフォードといった著者たちの本を読んで、そこからイルミナティやフリーメイソンのような結社の存在を知る流れがありました。
しかし、現在はそうしたタイプより、たとえば8月のハワイの大規模火災は超高出力レーザー兵器で空から攻撃されて起きた、といった荒唐無稽な話をいきなり信じてしまう人たちの方が主流です。ほかにも世界各国の首脳はゴム人間であるだとか、「無茶苦茶だけど何か面白いぞ」というところから陰謀論に入っていく。そういう情報の伝達は明らかにネットに依存していると思います。なお、コロナ以前から活躍している都市伝説系のYouTuberも言っていることは陰謀論と変わらない。内容が問題視されて収益が剥奪された例もあります。何にせよ、ネット上で陰謀論や都市伝説を語ってお金を稼ぐことが可能な環境ができてしまったんですね。
吉田 古き良き陰謀論は知識や情報にある程度重きを置いているけれども、そういう部分をすっ飛ばしてナラティブ(物語)の面白さに振り切れてしまったところはありそうです。
雨宮 あと、今の陰謀論で特に目立つ反ワクチンという考えの背景には、人間の持つ根源的な恐怖がありますよね。何か毒を入れられているかもしれないという。関東大震災時に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマがはびこりましたが、中世ヨーロッパでもペストが流行った時に「ユダヤ人が井戸に毒を入れた」と言われました。こういう話はずっと繰り返されてきて、現代ではワクチンに当てはめられている。そういうプリミティブな部分、つまり身体への影響をストレートに訴えるような陰謀論がコロナ以降に流行ってきたなと思います。
吉田 物語のパターンはごく限られており、パッケージを変えればいくらでも流用可能です。陰謀論にハマってしまう人びとの多くは、歴史的にどのような陰謀論が流行ってきたのかを知りません。なので、ベーシックな話を持ってくるのが一番ウケる。ナラティブの持つ訴求力に収斂されていくところはあると思います。