若者にとって結婚はエベレスト登山
牛窪 日本では1990年代半ば以降、未婚率が急伸しました。女性の社会進出やバブル崩壊がその理由とも言われますが、取材すると、独身男性がリストラ不安などで自信をなくした影響が大きいと痛感します。
山田 女性の社会進出はあまり関係がないと思います。当時の若者たちは「豊かな消費生活を楽しみたいから親と同居して結婚を先延ばしにしている」という認識でした。結婚なんて誰でもできる、親よりおしゃれでよい店を知っている自分が結婚できないわけがないと信じていた。
干場 女性の社会進出と少子化の因果関係は、データも否定しています。世界全体では、確かに80年ごろには、女性の社会進出とGDP(国内総生産)の伸び率は反比例していました。しかしそれが約30年前に正の相関関係に転じた。女性の社会進出度が高い国ほどGDPが高くなったのです。その傾向から外れているのが、日本です。女性の社会進出に伴い、他国が働きやすい職場環境を整える中、日本だけが未熟なままだからではないかと言われています。
牛窪 近年、「私にとって結婚や出産はエベレストに登るようなもの」などと話す若い女性が増えました。兄弟が多かった時代と違い、今は少なく産んで一人あたりの子育てにコストをかける時代。非行や犯罪に遭わないよう細心の注意を払い、時間もかけて育てなければいけない。しかも一度始めたら途中で降りられないのに、周囲の既婚者からは「結婚しなければよかった」など嘆きの声ばかりが聞こえてくる。登った先の美しい景色が見えないのに、苦労してまで山(結婚)に向かいたくない、と言うのです。
バブル期のトレンディドラマは、ウェディングドレスのシーンで終わるのが定番でした。でも2000年以降、多くの人が結婚はゴールではなく、その先が大切だと気づいてしまった。02年の離婚件数は過去最多の年間約29万件にのぼり、シングルマザーやその子どもがつらい思いをする、といった状況が身近になった影響もあるでしょう。結婚に躊躇してしまうのも無理はありません。
干場 結婚して子どもを産み、仕事もバリバリやっている女性も、それはそれでつらいですからね。未婚の人や子どものいない女性に「子どもはいいものよ」とはとても言えないし、専業主婦の女性に対して「仕事もいいですよ」とも言えない。本音を口にすると敵を作ってしまいます。
牛窪 イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトの『母親になって後悔してる』は、日本でも話題を呼びました。母という道を悔やむなど、昔ならタブーだった。でも女性のライフコースは選択肢が多く、その分、捨てた道への後悔も生じます。
生涯未婚率は上昇し続けていますが、1990年代から近年まで、「いずれ結婚するつもり」の回答割合は横ばいに近かった。ガクッと落ちたのは2015年から21年にかけて。20代の結婚観が多様化し、心底結婚しなくてもいいと考える若者が増えたからではないでしょうか。
構成:髙松夕佳 撮影:言美 歩
(続きは『中央公論』2024年6号で)
東京都生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業、立教大学大学院(MBA/経営管理学)修了。同大学大学院客員教授。2001年に起業、「おひとりさま」「草食系」などの語を世に広めた。『恋愛結婚の終焉』など著書多数。
◆山田昌弘〔やまだまさひろ〕
1957年東京都生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。専門は家族社会学。『希望格差社会』『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』『パラサイト難婚社会』など著書多数。
◆干場弓子〔ほしばゆみこ〕
お茶の水女子大学文教育学部卒業。世界文化社勤務を経て、ディスカヴァー・トゥエンティワンの創業に参画、社長となる。2021年出版社BOW&PARTNERS設立。著書に『楽しくなければ仕事じゃない』など。