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佐久間宣行はなぜ時代に愛されるのか

谷川嘉浩(京都市立芸術大学講師)

メリット/デメリット思考

 まず注目したいのは、『ずるい』の冒頭で、自分をごきげんに見せる「メリット」について語っていることだ(16〜17頁)。ごきげんに「見せる」というのは、笑顔や声色、行動や発言で、周囲に明確に意思表示するのが重要だという考えからくる表現である。「やりたい仕事をやると、こんなにご機嫌に働くのか」と会社や上司に思ってもらえると、自分の楽しめる仕事を任せてもらいやすくなるという好循環が生まれる。それとは逆に、「やりたい仕事をやっているはずなのに言い訳ばかりしたり、いつも不機嫌だったりすると、まわりのテンションは下がる」し、次に同様の仕事が回ってきづらくなる。要するに、「組織にいるうえで、不機嫌でいるメリットなど一つもないのだ」。

 同様の説明は、『ごきげん』にもある。本をまたいで同じ話題が出ていることからわかる通り、〈ごきげんアピール〉は佐久間の重要な経験則でもあるのだが、ポジティブ思考の称揚やネガティブ思考の否定を意味するわけではないことに注意すべきだろう。「デリケートな感情を無視し」て、「ポジティブ思考で上書き」するには膨大なエネルギーがいるし、自分で自分を偽ることにもなりかねない(14〜16頁)。また、ネガティブ思考には、悪い可能性をシミュレートする働きがあるので、油断せず仕事に臨むために有効であるとの指摘もある(68〜72頁)。

 これらの話題は、いずれも「それをすることでどういう帰結が生まれるか」という視点から説明されている。ある言葉や行動がどんな帰結をもたらすかについての予測を重視する立場を、倫理学では「帰結主義」と呼ぶことがあるが、佐久間はまさに帰結主義的立場から、自分の言動がもたらす効用(メリット/デメリット)を検討していたのだ。


(『中央公論』2月号では、この後も精神論や偶然に頼らないシステム的思考や、ゲーム感覚での仕事術について詳しく論じている。)

中央公論 2025年2月号
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谷川嘉浩(京都市立芸術大学講師)
〔たにがわよしひろ〕
1990年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は哲学、教育学、文化社会学。『鶴見俊輔の言葉と倫理』『スマホ時代の哲学』『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』など著書多数。
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